がら、
「こんな別嬪《べっぴん》になるんだと知っていたら、あんな薄情な女に生命《いのち》を打ち込んで惚《ほ》れるんじゃなかった」
と、わざといって笑っていった。
すると女主人は、自然にそっちへ話を向けてきて、
「お園さんにお会いやしたか」といって訊いた。
「ええ此間《こないだ》初めて一遍会いました」
「病気はどうどす。わたしも一遍見舞いにいこういこう思うて、ねっからよういきまへん」
「病気はもう大したこともなさそうです。一体不断から病人らしい静かにしている女ですから」
すると若奴も傍から、
「ほんまにそうどす。お園さんはおとなしい人どしたなあ。姐さんあんな静かな人おへんなあ」
私はだんだん話をそっちへ進めて、
「病気で気が変になったというのは、あれは真実《ほんとう》なのですか」といって女主人に訊ねた。
「そりゃ本間《ほんま》どす」と女主人は真面目《まじめ》な顔になって、「初めは私たちも熱に浮かされてそんなことをいうのか思うていましたが、そのころ病気の方はもうとうに良うなって、熱もないようになっているのに異《ちご》うたことをいい出したので、さあ、これは大変なことになった思うて心配しました。……あんたはんもよう知っといやすとおり、あの人たち母子《おやこ》二人きりどすさかい、同じ病気になるのやったかてまだお母はんの方やったら困っても困りようがちがいますけど、親を養わんならん肝腎《かんじん》の娘が病気も病気もそんな病気になってしもうてどうしようもなりまへんもんどすさかい。……そりゃ気の毒どした。あれで一生あのとおりやったら、どないおしやすやろ思うて心配していましたけど、それでもまあ早う良うおなりやして結構どす。一時はどないなるか思うてたなあ」女主人はそういって若奴の方を振り返って見た。
若奴は同情するような眼をしてうなずきながら、
「ほんまに気の毒どしたわ。皆なほかの人面白がって対手にしてはりましたけど、姐さんわたし何もよういえしまへなんだ。顔を見るさえ辛うて」
「そうやった。眼が凄《すご》いように釣《つ》り上がって、お園さんのあの細い首が抜け出たように長うなって、怖《こわ》いこわい顔をして」
私はそうであったかと思いながら、
「そんなにひどかったのですか」
といっていると、女主人は私の方をじっと見ながら、
「あんたはんよっぽどお園さんに酷《ひど》いことをおいいやしたんやなあ」とたずねるようにいう。
「どうしてです?」
「あんたはんの手紙に警察へ突き出すとか、どうとかするようなことをいうてあったと見えて、そのことをいつもよういうてました。ほかの者警察のことも巡査のことも何も言うておらんのに、お園さん、そら警察から私を連れに来た、警察が来る警察が来るいうて、警察のことばかりいうていました。よっぽどあんたはんの手紙に脅かされたものらしい」
彼女の言葉は婉曲《えんきょく》であるが、その腹の底ではお園が精神に異状を呈したのも大根《おおね》の原因《もと》は私からの手紙に脅迫されたのだと思っているらしい口振りである。
八
なるほどそう思われるのも全く無根の事実でもない。去年の春まだ私が東京にいて京都に来ない時分、もう何年にかわたるたびたびの送金の使途について委《くわ》しい返事を聞こうとしても、いつも、柳に風と受け流してばかりいて少しも要領を得たことをいってよこさなかったので、随分思いきった神経質的な激しいことを書いて怨んだり脅かしたりするようなことをいってよこしたのは事実であった。けれども、そんなことは他人に打ち明かすべきことでないから、自分ひとつの胸の底に深く押し包んでいたけれど、それほど気に染《そ》んで片時も思い忘れることの出来ない女を、一年も二年もじっと耐《こら》えて見ないでいて、金だけは苦しい思いをしてきちんきちんと送ってやり、ただわずかに女からよこす手紙をいつも懐《ふところ》にして寝ながら逢いたい見たい心の万分の一をまぎらしていたのではないか。あらゆる永遠の希望や目前の欲望を犠牲にし、全力を挙げてその女を所有するがために幾年の間の耐忍辛苦を続けて来たのである。自分でも時々、
「ああ馬鹿らしい。こんなにして金を送ってやっても、今時分女はよその男とどんなことをしているか……」
と、それからそれへ連想を馳《は》せると、頭がかっと逆上して来て、もういても起《た》ってもいられなくなり、いっそこの金を持って、これからすぐ京都へ往って、あの好きな柔和らしい顔を見て来ようかと思ったことが幾たびであったか知れなかったが、その都度、
「いやいや、往って逢いたいのは山々であるが、今の逢いたさ見たさをじっと耐えていなければ、この先きいつになったら首尾よく彼女を自分の物にすることが出来るか、覚束《おぼつか》ない」
そう思い返しながら、われとわが拳固《こぶし》をもって自分の頭を殴《なぐ》って、逸《はや》り狂う心の駒《こま》を繋《つな》ぎ止めたのであった。けれども、さすがの私も、後にはとうとう隠忍しきれなくなって、焦立《いらだ》つ心持をそのまま文字に書き綴《つづ》ってやったのである。女の方でも、こちらの心持はよく知っているので、手紙でいってやることを、ただ何でもなく聞いているわけにはいかなかったのである。それがために気が狂ったといえば当然のようでもあるがまた可憐《かれん》なような気もする。
私は何となく女主人《おんなあるじ》の顔から眼をそらしながら、
「脅かしたわけでもなかったんですが、私にしてもあれくらいのことをいう気になるのも無理はないと思うんです。……」と、私はいいなして、後をすこしくいい澱《よど》んでいたが、彼女がもうここにいなくなったのであるから、今となってそれをいったところで、格別女主人の気を悪くさする気づかいもないと思ったので、自分がとうから女の借金を払って商売の足を洗わすつもりであったことを話して、
「こんなことはもう幾十たびとなく知り飽きていられるあなたがたに向って今さらこんな土地にありうちの話をするも愚痴のようですけれど、そのために、私はとても一と口や二た口にいえない苦心をして来たのです」
私はもっぱら女主人の同情に訴えるつもりで肺腑《はいふ》の底から出る熱い息と一緒にかこち顔にそう言った。いくら冷淡と薄情とを信条として多勢の抱妓《かかえ》に采配《さいはい》を揮《ふ》っているこの家の女主人にしても物の入りわけはまた人一倍わかるはずだと思ったのであった。すると彼女は今まで話していた調子とすこし変って、冷嘲《れいちょう》するような笑い方をしながら、
「あんたはんそんなことをおいいやしたかて、お園さんにはもうずっと前から三野村さんという人がおしたがな。三野村さんが今まで生きとったらとうに夫婦になってはる」
遠慮もなく、ずばりといい放った。それを聴くと私はぐさりと心臓に釘を刺されたようにがっかりした。が、そんな深くいい交わした男があるのも知らずに、自分ひとりで好い気になって自惚《うぬぼ》れていたと思われるのがいかにも恥かしいので、強《し》いてそんな風を顔色に出さないようにしながら、私はややしばらくいうべき言葉もなかったが、やがてわざと軽い調子で、
「ええそんなことも少しは知らぬでもなかったのですが、そんな人間はあっても大丈夫お園は自分の物になると私は思っていたのです」と、私はあくまでも信ずるようにいった。
すると彼女は、一層|嵩《かさ》にかかって冷笑しながら、
「あんたはんだけ自分でそう思いやしたかて、お園さんあんたはんのところへ行く気いちょっともあらしまへんなんだんどすもの。……その人はもうお死にやしたけど」といって、私に語る言葉の端々が妙に粗雑《ぞんざい》になってくるに反して、その死んだ人間のことをいう時にはひどく思いやりのある調子になりながら、火鉢の傍に坐っている若奴の顔を振《ふ》り顧《かえ》って、
「なあ、三野村さんとお園さんのことでは何遍も揉《も》めたなあ」と、女あるじはその時分のことを思いうかべて心から亡くなった人の身を悲しむかのように、私が傍にいることなどてんで忘れてしまった風で、しんみりとなり、
「三野村さん死なはったのはついこの間のように思うてたら、もう一昨年《おととし》になる。そうやなあ、一昨年の夏のもうしまいごろやった。可哀そうやったなあ、あんなにお園さんに惚れていても死んでしもうたらしようがない」
彼女はとうとう独り言をいい出した。
私は厭あな気持で黙ってそれを聴いていた。私にあてつけて故意にそんなことをいっているのかと思って気をつけていたが、彼女は真実三野村という男の死を哀れんでいるらしい。それならば情涙の涸渇《こかつ》したと思っていたこの薄雲太夫の後身にもやっぱり人並の思いやりはあるのだ。ただ私に対して同情を懐《いだ》かないばかりなのだ。それにしても私のこれほど血の涙の出るほどの胸の中がどうして彼女の胸に徹せぬのであろう。私は自分で自分のことを思ってみても昔の物語や浄瑠璃などにある人間ならばともかくも今の世におよそ私くらい真情《まごころ》を傾け尽して女を思いつめた男があるであろうか……なるほどその三野村という男のことは、もう三、四年も前にちょっと耳にせぬでもなかったが、たといいかなる深い男があっても、自分のこの真情《まごころ》に勝《まさ》る真情を女に捧《ささ》げている者は一人もありはせぬ。それに、自分の観察したところによると、女は自分の方から進んでいって決して男に深くなるような気質は持っていない。男に惚れるような女ならばかえってまた手を施すことも出来るのであるが、彼女に限ってそういう風は少しもなかった。どうせ卑しい勤めをしているのであるから、いろんな男に近づきはあるにちがいない。どんな男があっても構わぬ。自分は猜疑《さいぎ》もしなければ、嫉妬もせず、ただ一と筋に真情《まごころ》を傾けて女の意のままに尽してやってさえいれば、いつかはこちらの真情が向うに徹しなければならぬ。ことさらにああいう稼業《かぎょう》の女はそんな嫉妬がましいことをいう男に対して厭気をさすのである。そう思って私は、三野村という男のことを全く知らぬこともなかったけれど、そんなことは彼女に向って戯談《じょうだん》にもあまり口に出したことはなかったのである。また私自身にしても、そんなことを思ってみるさえ堪えられない焦躁《もどか》しさに責め苛《さいな》まれるので、そんな悩ましい欝懐《おもい》をばなるべくそのままそっと脇へ押しやっておくようにしておいたのであった。が、今女あるじから初めて、入り組んだその男のことを聞くにつけ思い起したのは、去年の五月のころ女の家にいた時仏壇の奥から出て来た写真の和服姿の男がそれであろうと、そう思うと、その男と彼女との仲の濃《こま》やかな関係がはっきり象《かた》を具《そな》えて眼に見えて来た。私はちょうど沸《に》え湯《ゆ》を飲んだように胸が燃えた。
女主人は、私の今の胸の中を察してか、察せずしてか、今度は私の方を見ながら、
「そりゃ三野村さん死なはった時には可哀そうにおしたで」と私をまで誘い込むようにいうのであった。「けども死んだらあきまへんなあ。あんなに惚れていて死んでしもて……」
私はもう火を吹くような気持で、
「そしてお園の方でもやっぱりその男には惚れていたのですか」と、言葉だけは平気を装って確かめるように訊《き》いてみた。
「そりゃあお園さんかて惚れてはりましたがな。商売を止めたらお園さん自分でも三野村さんの奥さんになることに極《き》めておったのどす」女主人は当然のことを語るようにいう。
私の胸の中はますます引っ掻きまわされるようになった。そして、まさかそんなこととは夢にも知らずあくまでも女を信じきっていた自分の愚かさが、真面目に考えるにはあまりに馬鹿げていて、このうえなお女主人や若奴のいる前で腹を立てた顔を見せるのが恥の上塗りをするようで私はどこまでも弱い気を見せずに、
「だって三野村にはほかに女があったというじゃありませんか」といってみた。
自分がはじめて彼女を
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