では大変だと思いながら、
「そうですか、毘沙門前の停留場を降りてすぐ五、六町ときいたのですが」と、私は繰り返して独《ひと》り言を言ってみたが、踏切りの番の女は、ただ、
「ちがいますやろ」
とばかりでしかたがない。そして、自分ながら阿呆《あほう》な訊ねようだと思ったが、もし京都からかくかくの風体《ふうてい》の者で病気の静養に来ている者がこの辺の農家に見当らないであろうかと問うてみたが、それもやっぱり、
「さあ、気がつきまへんなあ」で、どうすることも出来ない。
 しかたがないから、私はそこから大津街道の往来の方に出て、京都から携えてきた寿司の折詰と水菓子の籠《かご》とを持ち扱いながら、雲を掴むようなことを言っては、折々立ち止まって、そこらの人間に心当りをいって問い問い元気を出して向うの山裾《やますそ》の小山の字《あざ》まで探ねて往った。十二月の初旬のころでところどころ薄陽《うすび》の射《さ》している陰気な空から、ちらりちらり雪花《ゆき》が落ちて来た。それでも私は両手に重い物を下げているので、じっとり肌《はだ》に汗をかきながら道を急いで、寂れた街道を通りぬけて、茶圃《ちゃばたけ》の間を横切っ
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