えば、母親が一昨日話していた隠居のお婆さんが入院したというのかも知れぬと思いながら、なおそこを立ち去りかねて、一、二度表から潜り戸を引っ張ってみたり、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29、443−上−15]子窓《れんじまど》の磨《す》り硝子《ガラス》の障子の隙《すき》から家の中を窺いてみようとしたけれど、隣家《となり》の女房が見ているので、押してそうすることもならず、そのまま引き返して路次を出て来た。そして群疑《ぐんぎ》はまた雲のごとく湧《わ》き上った。けれども、母親のいったように付き添うている隠居の婆さんと、自分の娘と二人の病人を持っているのが真実ならば、急《せわ》しい道理である。今日は私を訪ねるという約束が一日二日延びても無理はないと、また思い直して、悄然《しょうぜん》として宿の方に戻ってきた。
その翌日《あくるひ》、たしかに当てにはならぬが、もしか今日は来はせぬかと、また一日外へ出ぬようにして心待ちに待ちながら、不安と疑いとに悩まされて欝《ふさ》ぎ込んでいると、二、三時ごろになって、宿の者が、お年寄りの御婦人の方がお見えになりましたと知らして来たので、とうとう来たなと、すぐ
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