》の、長い街《まち》つづきを向うへ向うへとどこまでも歩いて行った。やがて半道も行くと、街道はひとりでに高い木津川の堤に上がっていった。木津川も先きの大河原駅あたりから、ここまで下って来ると、汪洋《おうよう》とした趣を備えて、川幅が広くなっている。鷲峰山下の村に通う街道は、そこに架した長い板橋を彼方《むこう》に渡ってゆくのである。私は、ゆこうかゆくまいかと思うよりも、行けるかどうかを気づかいながら、ともかくその長い板橋を向うに渡っていった。それでも、なかなか交通が頻繁《ひんぱん》だと思われて、相応に人が往来している。私は長い橋の中ほどに佇《たたず》んで川の上流の方を眺《なが》めると、嶮岨《けんそ》な峰と峰とが襟《えり》を重ねたように重畳《ちょうじょう》している。時によっては好い景色とも見られるであろうが、午後から何だか、寒さが増して陰気な空模様に変ったと思っていたら、雪花《ゆき》がちらりちらり散って来た。私は、長い橋の上に立って空を見上げながら、「この空模様で、膝《ひざ》を没する泥濘道ではとてもおぼつかない」とまた思案をしたが、ともかく橋を向うに渡ってなお歩いていると、そこへ後からがらがら空車《からぐるま》を挽《ひ》いた若い男の荷馬車がやって来た。私はその男に声をかけた。
「その荷馬車はどこまで行く? 何がしの村まで行かぬか」
と訊ねると、その途中まで帰るのだという。
「君、その荷馬車に乗せてもらえないか」と頼むと、
「ああ、乗って行きなはれ」といいながら、彼はずんずん行く。
 それは、何か貨物を運搬した帰りと思われて、粗雑な板箱の中は汚《きたな》くよごれている。私はそれを見て心を決しかねて、なお後からついてゆくと、彼はしばらく行くと、馬を停《と》めておいて、道傍《みちばた》にあり合わした藁塚《わらづか》から藁を抜き取って来て、それを箱の中に敷いて、
「さあ、乗んなはれ」という。
 私は、心に、若い馬子《まご》の深切を謝したものの、さすがにその荷車に乗りかねた。自分は、何の因果であの女が諦められぬのであろう、と感慨に迫りながら行く手の方を見ると、灰色空の下に深い山また山が重畳している気勢《けはい》である。
「いや、もう、止《よ》そうか」と、若い馬子にいって、私はとうとう断念して引き返した。そしてまた木津川の長い板橋を渡ってくると、雪を含んだ冷たい川風が頬を斬《き》るよ
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