、一層笑い出して、
「いや、君は馬鹿だ。はははは君、出ている女は君、君一人だけが客じゃない、ほかにも多勢そんな男があるもの……」と笑い消してしまう。
 母親も傍から口を出して、
「世話になった人はあんたはんばかりやおへん。まだまだもっと他に、いうに言えんお世話になったお人がありますのどす」と、その男にも聴いてくれというようにいう。
「うむ、そりゃそうやろとも」男はもっともというようにうなずいている。
 私は、それを不快に思いながら聴いていたが、
「そりゃ、私のほかに、もっと世話になっていた男があるかも知れない。何も自分一人が色男のつもりでいたわけじゃないが、自分もこの年になって、女に引っ掛かったのは、これが初めてじゃない。随分女の苦労は東京にいてたびたびして来ているんだ。しかし今度のような御念の入った騙され方をしたのは初めてだ。それに何ぞや、私が嚇かしたために気が狂ったなぞと、聞いて呆《あき》れる。それどころじゃない、私の方であの女のことを思いつめて患わぬが不思議なくらいに自分でも、思っているのです。私が嚇かしたためにそんな病気になったという苦情があるなら私の方で悦《よろこ》んで引き取って癒してやりましょう。しかし、さっきのお話で銭を五百円出せというのはどういうわけです?」
 きっぱり、そういうと、その男はまたうなずいて、妙な東京弁を交えながら、
「うむ、そりゃ君の心持も私にはようわかっている。だから、病気になったことについては、情状を酌量《しゃくりょう》して、どうしてくれとは言わぬから、女のことは諦《あきら》めてもらいたい。それでも、どうしても君の方へ連れて来たいというなら、五百五十円か、それだけの金を君の方から出してもらわねばならん。その金が出来るか」
 人を馬鹿扱いにして宥《なだ》めるような、また足もとを見透かして軽蔑《けいべつ》したようなことをいう。私は、情状を酌量するもあったものではないと心の中でその浅薄な言い草を腹を立てるよりも笑いながら、
「へえ、五百何十円! それはどうした金です?」と訊き返しながら、今までさんざん人を騙して、金を搾《しぼ》れるだけ絞っておきながら――もっとも本人は何にも知らずにいるのかも知れぬが――どこまで虫の好いことを言うと思った。
 すると、母親はまた興奮した顔で傍から口を出して、
「その金はどうした金て、あんたはん、まだ松井さ
前へ 次へ
全45ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング