通りならぬ病気をしているのに、傍に付いていて介抱してやらないということがありますか」と小言をいうようにいうと、母親は、少し顔を和らげて、
「ええ、私も付いていてやりたいは山々どすけど、今いうとおり、医者に見せることもいらん、薬も飲まないでもええ、ただ静かにしておりさえすりゃ好えのやそうにおすさかい、親類のおかみさんが、お母はん、もうちょっとも心配することはない、確かに癒してあげますよって、安心しといでやすいうてくりゃはりますので、そこへ委《まか》せてあります」
「遠い親類て、どこです?」
 そういって訊ねても、母親ははっきりどこということをいわずに、ただ、
「ずっと遠いところどす。田舎の方どす」という。
「田舎て、どこの田舎です? お母はん、あなたにも、あんなにいうておったじゃありませんか、私と一処に家を持って、お園さんが廃《や》めるまで待っていましょうって。そんな病気をなぜ私に知らしてくれなかったのです」
 私が、怨言《うらみごと》まじりに心配して訊くので、母親も返事を否むわけにも行かず、折々考えるようにしながら、「あんたはんにも一遍相談したい思いましたけど、そうしておられしまへんがな。そんな病気どすよって。田舎というのは京から二、三里離れたお百姓の家どす。私の弟の家どすさかい、そこの嫁はんが、ほん深切にしてくりゃはりますよって」
「二、三里の田舎じゃ、あんまり遠い家でもありません」
「私も、二、三日前にちょっと行って来たきり、こちらの御隠居さんが病院に入ろうかどうしようかいうてはりますくらいで、少しも手が引けませんよって、一遍あとの様子を見に行かんならん思うてもまだ、あんたはん、よう往かれまへんがな。私も、あんたはんがおいでやしたんで、今家を黙って出て来ましたよって、早う去《い》なんと、年寄りの病人さんが、用事があるといけまへんさかい……」
 母親は鼻声で、あっちもこっちも心のせくように言う。私は一層同情に堪えない心持で、
「いくら、あんた、親類に預けて安心だといって、一人の親が一人の娘の病気の世話をしないで、よその他人の介抱に雇われているということがあるものですか。まあ、今ここで委《くわ》しい話も出来ませんから、何とか繰り合わして暇ができたら、お母はん一遍今度の私の宿まで来て下さい。そして、もっとくわしい病気の様子も訊きたいし、いろいろな御相談もしましょう」

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