ゝ、腹を地につけて坐りこみ、いかにも興味がなささうな、誰か通るから見てやるんだぞ、と云ふやうな様子で房一を眺めてゐた。その少し先きの家の縁側では女の子が二人、くたくたに古くなつて、紅いつけ色の滲んだ布ぐるみの人形をいぢつてゐた。口を利かなかつた。たゞ肩さきを擦りつけて手さきを動かしてゐるだけだ。それで、寝かされたり、起されたり、とれかかつた手をぶらんとさせたりする人形よりも、黙りこくつてそれをいぢつてゐる女の子達の方が、この薄ぼんやりした通りに似合つて、もつと人形染みてゐた。
しばらく行くと、ちやうど河原町の中ほどにあたる所で家並みがかなり長い間途切れてゐた。まはりは田圃《たんぼ》だけの、そこで今までまつすぐに来た道路は斜めに屈折して、二つの直線をなす上の町と下の町との喰ひちがひをつないでゐた。上の町のとつつきはやはりはつきり曲つてゐるので、その端にある雑貨店の前面が殆ど突きあたりに見えた。それは横手の壁が白く快げに厚く塗られて、その上に青黒い漆喰《しつくひ》で屋号を浮き出させた、かなり大きな裕福さうな家だつた。房一がその方に向つて歩きながら何気なく見ると、一人の男がその家の前に立つてゐるのが目に入つた。たつた今何となく家の中から出て来たらしくいかにも用がなげにあたりを見まはしてゐたその男は、近づいて来る房一の姿に気づくと大袈裟に手を額にかざして日をよけながらぢろぢろと眺めはじめた。それはまるで、この道路が彼の私有物で、そこを案内もなしに闖入《ちんにふ》して来る見ず知らずの男を咎めにかゝつてでもゐるかのやうであつた。
年は五十過ぎ位、見るからに小柄な貧弱きはまる痩せつぽちだが、何となく自分の身体を大きく見せようと絶えず心を配つてゐるらしい足の踏ん張り方をしてゐた。手足も、顔の皮膚もうすく日焼けがし、乾いて、骨にくつついてゐた。が、頭髪はそれとは反対に驚くほど真黒で、きちんと櫛目を入れて分けられ、鼻下にはやはり念入りに短く刈りこんだ漆黒の髭をはやしてゐた。それは何かちぐはぐな印象で、中農の地主にも見え、町役場の収入役のやうでもあり、又どこかに馬喰《ばくらう》臭いところもあつた。だが、一貫して現はれてゐるのは、小柄の者がさうである場合特に目立つ、そして見る者の咽喉のあたりを痒《かゆ》くさせるやうな、あの横柄《わうへい》さであつた。
房一には間もなくそれが雑貨店の主
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