鐘はいつのまにか止んでゐた。どつちを向いてもたゞ大きな暗さが黙り返つて立つてゐるだけだつた。しかるに、房一の入りこんだ材木置場から橋にかけたあたりにはとまどひした無数の人が誰とも判らないまゝにつめかけ、空を見上げ、がやがや云ひ、押し合ひ、駆けまはりしてゐた。彼等は夢中になつて走つて来たのと、暗らがりとどこに火事があるのだか判らないためとで一様にあてどのない興奮にまきこまれ、どうしていゝかもわからず、たゞ無暗とつめかけ、そこらぢうでバケツの音がし、躓《つまづ》いたり転んだりしてゐた。製材された板片の井桁《ゐげた》に積み上げられたものが、人に押されてばりばりとくづれ落ちる音がした。
「どこだ、どこだ。もう消えたのか」
「ほんとうに火事があつたのかい」
「さあ、知らん」
「なんだ、さつぱり判らんぞう」
「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つてゐた」
「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いてゐた。
が、材木置場の混乱にもかゝはらず、そこから一段と小高くなつてゐる出張所の構内では、やはり高張提灯がかゝげられ、焚火が燃え、人が立つて歩いてゐたが、をかしい位にひつそりし、柵のところにかたまつた人影は下方の混乱を黙つて見物してゐるとしか見えなかつた。
房一も人に揉まれて立つてゐたが、構内の落ちつきを見ると、近よつて事情を確かめようとした。すると、その時、彼よりも先きに誰かがやはりさうしようと思つたらしく、構内へ上る土手に足をかけようとしたはずみに、そこは溝だつたと見え、たちまち安定を失つて水の中に落ちた。男はすぐに土手に匍ひ上つたものの、下半身づぶ濡れになつたらしく、しきりと裾をしぼつてゐるやうだつたが、又滑つて尻餅をつき、土手にへばりついたのが、ちやうどその上方に立つた高張りの明りでぼんやりと、だが、蛙か何かがばたついてゐるやうに見えた。その時、高張りの下で木柵に凭《もた》れて様子を眺めてゐた長身らしい人影が、突然大きな笑ひ声を立てた。すると、火事騒ぎで興奮してゐたらしい下の男は、土手の途中に立ち上ると、
「なにを笑ふか」
と、激しくいきり立つた。
木柵の男は、稍ひるんだ風に一寸黙つてゐたが、そんな風に怒鳴られることに慣れてもゐず、又予期してゐなかつたらしく、押し返すやうに低いバスの音で云ひ返した。それはどこか、命令することに慣れた、威圧するやうな響きを
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