めに一層老人臭い顔になりながら会釈《ゑしやく》をした。そして、一度は手にできた皮膚病を診てもらひに房一のところに来さへした。その時のことであるが、彼はふいに自分の死んだ一人息子の話をした。
「やつは、わつしの土方家業がえらい嫌ひでしてな」と、彼は云つた。
「どうしても学問をやるというて聞きませんだつたが。――それで神戸高商を出ましてな住友へ入つて結構やつとりましたが、三年前にぽつくり行つて[#「行つて」に傍点]しまひましたよ。病気ですか? 結核性脳膜炎とか云ひましてな、十日ぐらゐで、あつさりしたもんでした」
それから、彼は薬を塗りたくられ、繃帯をまかれた両手をちよいちよい眺めながら、片足を一方の膝にのつけた坐り方をしたまゝ、いくらか吃《ども》るやうに、簡単な手短かな話振りで、身の上話らしいものをちつとも身の上話らしくない調子で洩した。息子もさうだつたが、彼の妻も病身で不自由な工事場のバラック住ひが「出けん[#「出けん」に傍点]」もんだから、ずつと神戸在の田舎に置いてある。(さうすると、本妻と妾と二人住まはせてゐるといふ見て来たやうな噂はあてにならないなと、房一は思つた)「わしはこんな荒い人間ぢやから」、バラック住ひも似合ひのところであるが、さすがに息子に死なれてからは、あれの云うとつたとほり「かういふ暮しもあんまりえゝもんぢやないわい」と思ふやうになつた。身のまはりの不自由は何ともないが、年中他国を歩いてゐるので、若いうちはそれも面白かつたが、最近は浮き草のやうなたよりない気がして来た。それで、かうやつて歩いてゐるうちに、どこか人情のいゝ土地でも見つかつたら住みついてもいゝと思つてゐる。さういふことを一わたり話し終ると、彼はいたつて愛想のないその隈取りのやうな皺の表情をちつとも変へずに立上つて、立上るや否やその身体つきには何か強《し》たゝかなごついものが現れ、稍前屈みに、それと共に前方を見据ゑるやうな恰好になつて帰つて行つた。
これらの、過去一年あまりの中に或ひはひよつこりとした凸起をなし、或ひはまはりをぼかしたまゝ遠のいてゐるさまざまな出来事のうちで、たつた一つのことが抜け出し、それは一向に過ぎたことにならないで依然としてつゞき、絶えず現在として変化し、房一に或る影響と関心を与へてゐるものがあつた。たつた一つ――それは盛子の妊娠であつた。
二
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