「ズブリと相手の眼の中へさしこんでしまつたさうでね。――親方すみません、とあやまつたと云ふんだが、どうもね、――何しろ他の人の見てる前でやるんだから、たまつたもんぢやない」
「へえ。――ズブツとね」
 徳次は指で真似をした。
「そんなことができるもんかねえ」
 半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。
「眼が潰《つぶ》れちまふ――ねえ、先生」
「ふうん、潰れるだらうな」
 房一は笑つてゐた。
「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」
「それがね、どうも本妻と妾を二人いつしよだといふ話だが、――なにしろ荒いのでね、二人ともぐうの音も出ないで温和《おとな》しくしとるらしい。――うん、さうだ。こないだ店へ買物に来た在《ざい》の者が話して行つたが、その家の前を通るとね、どうも女の泣声らしいものが聞える。それもただの泣き声ぢやない、ヒイヒイいふ、まあ恐いもの見たさでそつとのぞきながら通ると、多分妾の方があんまり痛められるんで逃げ出さうとでもしたらしい、それで片足土間に降りて片手を畳の上についたところを小柄《こづか》みたいなもので、何のことはない手の甲からズカツと畳まで刺しつけて動けんやうにした。だもんで、女の方はどうにもならんのだね、そこへしやがみこんだまゝヒイツヒイツて泣いとつた。見た男は足がふるへたつていふが、それあ誰でもふるへるだらう」
「ふうん。ひどい奴だねえ」
 小谷の話で、徳次はすつかり興奮したらしかつた。そのきよろりとした眼はすつかり開けひろげられ、一種|上《う》はずつた色が動いてゐた。何となく落ちつかない様子で上半身をぐらりとさせ、無意識に片腕を振り降した。そのはずみにひよろ長く生えた雑草に手を伸して引き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り、それを口にくはへた。
 その粗暴な外見とは反対に、徳次はさういふ血生臭《ちなまぐさ》いことが嫌ひだつた。そして、人並外れた敏感さを示すのであつた。今もそれで、彼はいかにも心外げな様子を、その無意識な仕草の中に現してゐた。
「わしは反対だ!」
 何となく、彼はさう云ひたげであつた。実際それは咽喉まで出かゝつてゐた。若し彼が理窟といふものを知つてゐたら、日常の些細《ささい》な事柄からでも尤もらしく意見をすぐに云ひ立てるあの「町の衆」のやうな頭があつたら、彼は勢ひこんで口にした
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