と、印度《インド》塔の急傾斜屋根と、未完成のような前庇《ファサアード》をもって、くっきりと天空を限り出す。
港は、H丸の欄干《レイル》の下に、一日の生活を開始した。検疫を迎える小梯子の周囲は、黄色い旗をかざした水上警察艇と、一刻も早く上船しようとする土人の両替舟とで、水の見えないほど詰っている。白い袴《スカアト》をはいて頭髪を髱《シイニョン》に結んだ長身の男たち。青い海を背に、眼の大きな鳶《とび》いろの彼らの顔と、その独木舟《バラグワ》と、微かに漂う香料と、原色縞の首巾《スカアフ》と、隠見する黄金の腕輪と――私は、印度《インド》のすべてを、この一望のうちに看取した気がした。
ポケットに印度貨《ルピイ》を鳴らす両替人。ロリアンテルやル・ギャレ・ファスなどのホテルの客引き。みんな真率で、気高い美男の印度《インド》の人たちで船は急に重くなり出した。
男の結髪《シイニョン》に挿した貝の櫛、サアロンと呼ぶその腰布、ヴェテという着物、なかにはベルトつきの悪くモダンな洋式上衣や、理髪師の仕事服を一着に及んでいるはいから[#「はいから」に傍点]なのもある。
小蒸汽で上陸する。
桟橋を出ると直ぐハイシムの宝石店だ。微笑しているシンガリイス人の一団と、眼を射るような彼らの陣羽織《テュウニック》だ。特産と好奇の店頭と、ライス・カレイの料理店だ。そして、カルジルの洋物百貨店と、マカン・マアカアの装身具屋だ。白孔雀は路傍の大籠に飼われ、手長猿は人の肩に止まり、蛇使いの女は鼻孔から蛇の頭を覗かせて、喇叭《らっぱ》と腕輪のじゃらじゃら[#「じゃらじゃら」に傍点]で人をあつめる。
見るべきものがあまりに多く、それが一時に四囲に殺到してくる。船中の倦怠に慣れた耳と眼の感覚には、これはどうかすると強すぎる色彩であり、刺激である。何にしても、この太陽美の甘酔! 直視すべく眼が痛い。
近くはこの欧羅巴《ヨーロッパ》区域。
広い散歩街の両側に、屋内通路《アルケイド》と、赤、緑、白に塗り立てたおもて口、漆喰細工の稚《ちいさ》い装飾、不可解に垂れ下った屋根、多角形に張り出ている軒、宝石・象牙・骨董を商う店、絹地屋――など、これらの商店はどこも象の模様で食傷している。象の刺繍、象の置物、色琺瑯《エナメル》製の象の吊垂灯《ペンダント》――そして、ちょん髷《まげ》の人力車夫と、ヘルメット帽の赭顔《あかがお》いぎりす紳士と。
靴をはいてるのが欧羅巴《ヨーロッパ》人で、跣足《はだし》で歩いてるのが印度《インド》人。天鷲絨《ビロウド》の骸骨頭巾は馬来《マレイ》人だ。
が、ほんとのコロンボは土人街にある。
まず市場。
果物市場。
パイナップルと青香|樒《しきみ》の雄大な山脈。檸檬《レモン》・檳榔樹《びんろうじゅ》の実・汁を含んだ蕃爪樹《ばんそうじゅ》・膚の白い巨大なココナッツ・椰子玉菜・多液性のマンゴステン・土人はこれで身代を潰すと言われてる麝香猫《ドリアン》の実・田舎の少女のようなパパヤ・竜眼・茘枝《ライチイ》・麺麭《パン》の実・らんぶたん――。
住民は、男か女かちょっと判断のつかない服装をしている。鬚のない顔に長い睫毛《まつげ》、頭髪をうしろに垂らすか、結い上げるかしているから、なるほど紛らわしいわけだ。そして、その家である。セイロン島の住宅は、すべて往来へ向って開けっ放しになっていて、形ばかりの椰子の葉の衝立なんかを仕切りに立ててあるに過ぎないので、店でも居間でも、おもてからすっかり見える。床屋がある。易者の店がある。高利貸、質屋、陶器師の土間、RAJAHのような魚屋の主人、糊つきの網絹で面覆《トウル》をした婦人たち、彼女らの不可解な胴緊衣《ボディス》、ずぼんの上から欧風|襯衣《シャツ》の裾を垂らして、ゆらりゆらりと荘重に歩く金融業者《チェティス》、眉間に白く階級模様と家紋を画いている老貴族、額部に宝石を飾った若い女の一行、そのあいだに砂塵を上げて、満員の電車と、レヴィニア丘行きの乗合自動車が驀進してくる。
私達も、自動車を駆って郊外へ出た。
市街をあとにするが早いか、場末に当る区域はなくて、すぐに田舎である。砂ほこりが私たちを追っかけて来る。緑樹に挟まれた赭土《あかつち》の道が、長く一ぽん私達の前に伸びて、いたるところに新式の農園が拓かれつつあるのを見る。古い土に若い力が感じられる。ココナッツの森を越すと、陽にたぎ[#「たぎ」に傍点]っている水田の展望だ。玉突台のような緑野の緩斜面だ。そこここに藁葺《わらぶ》きの小屋がある。花壇のなかに微笑して建っている。マグノリアのにおいがする。村の入口では子供が出迎える。車が通る。馬のかわりに水牛が牽《ひ》いている。瘤牛《ジイブ》が畑を耕している。その角はすべて美々しく彩色され、頸には貝殻の襟飾りだ。田園のあ
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