ッ時に発している。
『上陸なさいますか。』
『上陸なさいますか。』
『は。ちょっと。』
『は。ちょっと。』
向うでもやってる。
『上陸なさいますか。』
『上陸なさいますか。』
『は。ちょっと。』
『は。ちょっと。』
相手の返事を聞かないうちに反撥するように別れる。と思うと、出あい頭《がしら》にまた「上陸なさいますか」なのだ。何という軽跳な、無責任に晴れ渡った寄港者の感情――それはそのままポウト・サイドの空の色でもある。
後部の舞踏甲板は、欧羅巴《ヨーロッパ》人によって黄金の威力を実示された被征服民族の商隊で一ぱいだ。
狡猾な微笑で全身を装飾した宝石売り――独逸《ドイツ》高熱化学会社製の色|硝子《ガラス》の小片を、彼らは「たくさん安いよ」の日本語とともに突きつけて止まない――と、二、三|間《げん》さきからお低頭《じぎ》をしながら接近して来る手相見の老人――「往年|倫敦《ロンドン》タイムス紙上に紹介されて全世界の問題となれる科学的手相学の予言者バガト・パスチエラ博士その人[#「その人」に傍点]」と印刷した紙を、証明のため額に入れて提げている――と、絵葉書屋と両替人――これは英語で、人の顔を見次第、「|両替は《チェンジ・モネ》? 旦那《マスタア》」とか「長官《ガヴァナア》」とか「大佐《カアネ》」とか、対者の人品年齢服装で呼びかけの言葉を使い別けする――と、埃及《エジプト》模様の壁掛け行商人と出張煙草屋と、そうしてふたたび、宝石売りと、手相見と、絵葉書屋と両替人と、壁かけ行商人と出張煙草商と、これらはどこにでも気ながに潜伏していて、甲板上のあらゆる意表外の物蔭から、砂漠の突風のごとく自在に現れて各自その商行為を強要する。奇襲された船客は逃げながらも楽しそうである。“No ! No thankyou,”「のん・めあし・ぱぶそあん――。」
愛すべき寄港地の猥雑さ!
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Galla ! Galla ! Galla ! Galla !
Galla ! Galla ! Galla ! Brrrrr !
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声がする。
やはり土人だ。奇術師である。
若い黒人が甲板に胡坐《あぐら》をかいて、真鍮のコップみたいなものを二つ並べて伏せては、大声に呶鳴っているのだ。
人寄せの呪文であろう。
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がら・がら・がら・が
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