踊る地平線
白い謝肉祭
谷譲次
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)希臘《ギリシャ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)大陸|朝飯《あさめし》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)※[#「土+盧」、第3水準1−15−68]
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私が、その希臘《ギリシャ》人の友達を Roger & Gallet と呼び出したのは、彼がこの巴里《パリー》化粧品会社の製造にかかる煉香油《ねりこうゆ》を愛用して、始終百貨店の婦人肌着部のようなにおいを発散させながら、サン・モリッツのホテルの廊下を歩いていたことに起因する。
だから私は、私のいわゆるロジェル・エ・ギャレ氏の本名は知らないのだが、それはすこしもこの話の現実的価値を低めはしないと信ずる。なぜなら、私は、彼の名前こそ知らないが、彼がオスロかどこか北方の首府に仕事と地位を持っている希臘《ギリシャ》の若い海軍武官であることも、いつも小さな秤《はかり》を携帯していて、それで注意深くフィリップ・モウリスの上等の刻煙草《きざみたばこ》を計って、自分で混ぜて、晩餐後の張出廊《ヴェランダ》で零下七度の外気へゆっくりと蒼い煙を吹き出す習慣のあることも、例の大陸|朝飯《あさめし》――珈琲《コーヒー》・巻麺麭《まきパン》・人造蜂蜜・インクの香《におい》の濃い新聞・女中の微笑とこれだけから構成されてる――を極度に排斥して、BEEFEXと焼林檎《やきりんご》と純白の食卓布に固執していることも、趣味として部屋では真紅のガウンを着ていることも、いまはバルビウスの“Thus and Thus”を読んでいることも、そして、実を言うと、それよりも巴里《パリー》版ルイ・キャヴォの絵入好色本のほうが好きらしいことも、すべての犬を怖がって狆《ちん》に対しても虚勢を張ることも、英吉利《イギリス》の総選挙を予想して各政党の詳細な得票表を作ってることも、その一々に関して食後から就寝までの時間を消すに足る綿密な説明を用意してることも、それから、これは前に言ったが、半東洋風の黒い頭髪をロジェル・エ・ギャレ会社の製品で水浴用|護謨《ごむ》帽子のように装飾して――で、私は彼にひそかにこの綽名《あだな》を与えたわけだが、――聖《サン》モリッツ中の異性の嗅覚を陶酔させようとTRYしていたことも、要するに、ロジェル・エ・ギャレという存在は、或いは彼自身の饒舌により、または、私の作家的観察眼で、ほとんど全部、私は、摘《つま》み上げて、蒐集して、分類して、ちゃんと整理が出来上っているのである。
では、何だってここに希臘《ギリシャ》の一青年武官をこんなに問題にしているのか――と言うと、理由は簡単だ。この物語は、かれロジェル&ギャレを主人公とし、私を傍観者とする、瑞西《スイツル》の山中サン・モリッツの|冬の盛り場《ウィンタ・レゾルト》における、一近代的悲歌劇の筋書《シノプセス》だからである。
私は、主役の希臘《ギリシャ》人に関して既に多くを語った。
が、話の性質を決定する必要上、忘れないうちに、ここに前もってひとつ、断って置かなければならないことがあるのだ。
それは、このロジェル・エ・ギャレは、ウィンタア・スポウツを自分で享楽すべく聖《サン》モリッツへ来ているのでもなければ、そうかと言って、ただ騒ぎを見物するために滞在しているのでもないという不思議な一事だ。じゃあ何しに?――となると、これがどうもよほど変ってるんだが、彼自身そっ[#「そっ」に傍点]と私に告白したんだから間違いはあるまい。ロジェル・エ・ギャレは、実に漠然と結婚の相手を探しあぐんで、とうとうこの瑞西《スイツル》の山奥の冬季社交植民地まで辿り登って来たというのである。
とにかく、古いものと新しいものが妙に交錯して、そこに方向を引き歪められた文学的天才の片鱗が潜んでると言ったような、彼は確かに、誇張された感傷癖の希臘《ギリシャ》人らしい希臘人だった。
と、紹介はこれでたくさんだ。
ところで、場面は、瑞西《スイス》サン・モリッツである。
ST.MORITZ――眼をつぶって心描して下さい。雪の山と、雪の野と、雪の谷と、雪の空と、雪の町と、雪の女とを。そしてこの、切り離された小世界に発生する事件と醜聞と華美と笑声と壮麗と雑音とを。
海抜、六千九十|呎《フィート》。エンガディン、テュシスから Coire の経由、またはランドカルト・ダヴォスから汽車。伊太利《イタリー》のテラノから這入ってポントレシナを過ぎる線が、すこし迂回になるけれど一番接続がいい。私達はこれを採った。
サン・モリッツは、豪奢第一《ファッショナブル
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