阮ルり込んだ。けれども、主婦が驚いたことには、この策は、結果から見て反対の効果を挙げただけだった。と言うのは、単に母親と違った観方《みかた》を持っていることを示すために、急に恋を感じた気になった娘は、いきなりその場で、日本人の首に腕を廻して接吻してしまったからだ。二人は母親と研究を捨てて、幸福と一しょに英吉利《イギリス》海峡を渡った。食うや食わずで困り切っている彼ら夫妻に、僕らは巴里《パリー》で会って識《し》っている。
異人種間の結婚に関するロジェル・エ・ギャレの意見を叩くために、私は特にこの挿話を持ち出したのだ。ところが、このなかで彼の興味を惹いたのは、最後の「何事につけても母親と異《ちが》った意見を持っていて自分のしたいとおりにする大戦後の娘」という一項に過ぎなかったから、私としては、すっかりこの目算が外れたわけだけれど。
彼は語った。
彼の友人に、倫敦《ロンドン》で開業している医者がある。やはり生れは希臘《ギリシャ》だが、今は英吉利に帰化していて、まだ若いにも係わらず、相当腕があるらしく、その病家の多くは、いわゆる社交界と呼ばれる階級に属している。
いぎりすでは、WEEK・ENDを騒ぐ。
土曜の正午から月曜の朝へかけて、誰もかれも田舎へ出かける。倫敦の周囲などには、海岸に、テムズの流域に、この小旅行の土地が無数に散在していて、或いは別荘へ、ホテルへ、またはキャンプに、人は義務のようにして泊りに行く。郊外に近い家の往来に面した部屋なんかにいると、土曜日曜は、ゴルフ道具・小鞄等を満載してしっきり[#「しっきり」に傍点]なしに流れる週末自動車の爆音で夜も眠れないくらいだ。
この週末旅行《ウィイキ・エンド》のなかで最も上等《クラシイ》なのが、country home へ招いたり招かれたりして、宴会・舞踏・カアド・テニスのパアティを連日連夜ぶっつづける種類である。何しろ爛熟し切った物質文明を無制限に享楽する時代と場処のことだ。しかもそれが大掛りな私遊《プライヴェシイ》なんだから、そのいかにでかだん[#「でかだん」に傍点]なものであるかは、あの有名な petting party なんかという途轍《とてつ》もない性的|乱痴気《ハラバルウ》が公然と行われている事実からでも、容易に想像されよう。そもそも、このペテング遊びなるものは――となると第一、傍道《わきみち》に
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