そこでは売った花束を、酔った所有者が席を離れて踊ってるあいだに、その花売娘が廻って来てこっそり[#「こっそり」に傍点]持って行ってしまうのである。そしてそれに水をかけ、香水を振ってまた売りに来るのだ。こうして同じ花が一晩に何べんとなく新装して売りに出される。そして人は自分の買った花束を朝までに何度買わされるか知れないのだ。
 ここのもそれではないかと私は思った。で、私は花売女に盗まれないように卓子《テーブル》の上で菫の束を握っていることにした。が、それでも不安だったので、私は妻の口紅棒《リップ・ステック》を借りて花を結んである紫のりぼん[#「りぼん」に傍点]の端へ|X《クロス》をつけた。そしてようよう安心することが出来た。
 みんながヴィクトル・アリ氏の口を見詰めていた。そこからは露西亜《ロシア》煙草のけむりと一しょに言葉がぞろぞろ這い出していた。それらが空中でいろいろに繋《つな》がって、こういう一つのモンテ・カアロ風景を作り出していた。しかし、これは私があんまりロンシャン競馬場の泥みたいな土耳古珈琲《トルココーヒー》にコニャックを入れ過ぎたので、その御褒美《ごほうび》に、キャフェ・ド
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