フ運命の分岐だ。だからこの「赤か・黒か」に賭けることも出来るし、そのほか偶数奇数、それから三十六のうち十八までを落第《マンケ》、十八以上を及第《パス》としてこれらにも張り得る。そして、例《たと》え当っても、冒した危険の率によって一倍から三十五倍まで返ってくる金の割合が違う。赤のところへ百|法《フラン》――十円――置いて赤が出たとしたところで、勝金はその一倍、すなわち百|法《フラン》の儲けにしかならないが、仮りに十一へ真正面《アン・プラン》に百|法《フラン》抛り出して十一へ玉が落ちたとすれば百法の三十五倍と元金の百法と、つまり総計三千六百法――三百六十円――というものが転がり込む。賭けたのが百円なら三千六百円だ。しかし、こうなると私も、四角《キャレ》だの|馬乗り《ア・シュヴァル》だの横断線《トランスヴァサル》だの柱《コラウム》だの打《ダズン》だのと色んな専門的な細部や、他の二種の chemin de fer と trente et quarante のゲイムにまで言及したい衝動を感ずるのだが、いまここで私はその煩瑣《はんさ》な事業に着手してはならない。要するにただ、白い「丸薬《ピル》」一つの気まぐれによって「灰色の石鹸」と「扣鈕《ぼたん》」がさまざまに動き、そのたびに或る人の財布はトランクのように大きくなり、ある人のぽけっとは夏の住宅区域のように空《から》になり、自殺する女や発狂する男や、製粉工場を手離してもう一番と踏み止まったり、勝った金で逸早くピアリッツの家《うち》を買って勇退したり、とうとうホテルを夜逃げして、来る時は自動車の窓から見て通ったコルニッシュ道路に長い月影を引きずるものも出てくれば、それをまた途上に擁して毎晩「卓子《テーブル》」で見た顔が拳銃《ピストル》を突きつけるやら――「みどり色の誘惑」は時として意外な方向と距離にまで紳士淑女をあやつって止《や》まない。
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まるけ・むしゅう!
まるけ・むしゅう!
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博奕においては夫婦といえどもふところは別である。
で、軍資と祝福を分け合ったのち、私達はその人混みのルウレット室で銘々の信ずる道に進むことにした、五時間後に出口で落ちあう約束。
6
五時間後。
深夜の 〔Le Cafe' de Paris, Monte Carlo.〕
そこは音楽よりも
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