シ物「闘牛行《アウロス・トウロス》」と言う――が Calle de Alcala の町幅を埋《うず》めて、その絵画的な色彩、南国的な集団精神、これほど「失われたる前世紀の挿絵をいまに見せる」お祭り情緒はまたとあるまい。市に地下鉄が出来てから、この「闘牛場へいそぐ人の河」なる古儀に幾分気分を殺《そ》ぐものがあるとは言え、それでもまだ、この日、支那青《チャイナ・ブルウ》の空に火のかたまりの太陽が燃える限り、そしてすぺいん[#「すぺいん」に傍点]に闘牛という「聖なる殺戮《さつりく》」があとを絶たないあいだ、|過ぎし日《バイ・ゴン・デイス》を盲愛するこの国の人々は、銘々がめいめいの魂の全部をあげて、昔からその闘牛の序曲のように習慣づけられているこの市民的古式の行列「闘牛行《アウロス・トウロス》」に、それぞれ派手な役目を持とうとするであろう。
 闘牛行《アウロス・トウロス》は、闘牛のある日、市の中央の広場「|太陽の門《ポエルタ・デル・ソル》」から闘牛場《ア・ラ・プラサ》へいたる途中、アルカラの町筋に切れ目もなくつづく見物人の行列のことを修辞化したもので、郷土的な、そして歴史的に有名な、西班牙《スペイン》街上風物詩の第一頁だ。
 午後二時から四時まで、マドリッドを貫くアルカラ街は、闘牛場《ア・ラ・プラサ》へ近づくにつれ、闘牛へ殺倒する人と車馬のほかは交通を禁止される。この老若男女のすぺいん人の浪、亡国調を帯びたその大声の発音、日光のにおいと眠たげに汚れた白石建造物の反射、長く引っ張って押しつぶすような、あの歩きながら「海賊曲《コルサリアス》」を繰り返しつづける激情的な唄声――。
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モロッコの陣地で
或る西班牙《スペイン》兵のうたえる。
南へレス産の黄葡萄酒!
北リオハ産の赤葡萄酒!
この赤とこの黄と――。
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 陽光に酔った大学生の群が、肩に手をかけ合って今日の闘牛行《アウロス・トウロス》に加わっているのだ。
 低い太陽の真下に、アルカラの焼け石道を踏んでぎっしり詰めかけてゆく真摯《しんし》な闘牛行《アウロス・トウロス》の人々!
 銀行員はペンを捨て、鍛冶屋《かじや》は槌《つち》をおき、八百屋の小僧は驢馬《ろば》をつなぎ、政治家と軍人は盛装し、女房と娘は「牛の光栄」のため古めかしくいでたって、みんなが同じ赤と黄の華やかさにはしゃぎ[#
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