式結髪《ピッグ・テイル》――COLETA――は、西班牙《スペイン》では甚だ粋《すい》な伊達《だて》風ということになっている。闘牛士を追っかける|踊り子《タンギスタ》なんか、あの人の髷っぷりが耐《たま》らなく憎らしいとか何とか――まあ、その間いろいろとろまんす[#「ろまんす」に傍点]があるわけだが、じっさい、西班牙《スペイン》における闘牛士の地位は日本の力士に似ていて、みんなそれぞれにパトロンがあり、なかには、名士富豪にくっ[#「くっ」に傍点]付いて廻って酒席に侍したりする幇間《ほうかん》的なのもすくなくない。派出《はで》な稼業だけに交際が大変だ。おまけに大立物《エスパダ》になると、見習弟子だの男衆だのと、いわゆる「大きな部屋」を養っている。そのかわり名誉と収入も莫大なもので、近いためしが、今日の人気闘牛士ベルモント――この人はセヴィラに宏壮な邸宅を構えている。これはあとから私がセヴィラに行って居た時だが、或る日、ホテルの下の往来が急に騒々しいので覗いてみるとちょうどこのベルモントが、散歩か何かの途中街上で、市民に包囲されたところで、男も女も子供もわいわい[#「わいわい」に傍点]後をついて歩いて、手を振る、握手を求める、上の窓から花を抛《なげ》る、まるで紐育《ニューヨーク》人が空のリンディを迎えるような熱狂ぶりだった。西班牙《スペイン》国民の大闘牛士に対する崇拝ぶりはこれでもわかる。英雄ベルモントは探険家のような風俗の、もう半白《はんぱく》に近い軍人的《ミリタリイ》な好紳士だ。一日の出場に七千から一万ペセタ――わが約三千円あまり――を取る、だから今では、大した地所持ち株もちだが、最近本人が勇退の意をほのめかしたところ、たちまち国論が沸騰した。牛で儲けた金だから死ぬまで牛と闘えというのだ。これにはさすがのベルモントも往生してるようだが、このファンの声も、言いかえれば、ベルモントなきのちの闘牛を如何《いかが》せんという引止《ひきとめ》運動に過ぎないんだから、老闘牛士も内心|莞爾《かんじ》としたことだろう。その他、有名な闘牛士にはガリト、マチャキト、リカルド・トレスなんかの猛者《もさ》がいて、すこし古いところではアントニオ・フュエンテがある。この人はアルメリヤの近くに、「領土」とも謂《い》うべき広大な土地と、古城のような屋敷を持っている。それからこれも今は故人のはずだが、ラ
前へ 次へ
全34ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング