煤uざあっ」に傍点]と水の音がし出した。
 壁の穴は模様のぽちぽち[#「ぽちぽち」に傍点]に隠れて内部からは気がつかない。
 誰も見てないと思うから、マルセルだって平気だ。部屋を横切って、浴室の扉《ドア》をあけ放したまんま、お湯の栓を捻《ねじ》っている。お湯は直ぐ一ぱいになった。ちょっと手を入れてみて、マアセルは、熱《あつ》う! というように顔をしかめた。見ている隊員が躍起になって「水をうめろ水を」と心中に絶叫する。言われるまでもなく、マアセルは事務的に水を出した。そして、ゆっくりお湯につかって、しずかに天井を研究している。
「女給生活の一日」――なんてことを考えているに相違ない。
 と、突然立ち上った。赤くなったマアセルだ。それが、いきなり自暴《やけ》にそこここ洗い出した。石鹸《しゃぼん》の泡が盛大に飛散する――と思っていると、ざぶっ[#「ざぶっ」に傍点]とつかって忽《たちま》ち湯船を出た。烏《からす》の行水みたいに早いおぶうである。
 あとはもっと簡単だった。丁寧にタオルで拭いたマアセルは、浴室をそのままにして寝室へ帰って来た。鏡台のまえで顔に何か塗りつけた。そして今は、姿見に全身を映してみて、さかんに嬌態《しな》を作っている。
 両手を腰に片っぽの肩を上げて爪立ちしたり、真直ぐに立って体操の真似をしたり、櫛《くし》を持ってきて髪を色々にアレンジしてみたり――そのうちにふふふ[#「ふふふ」に傍点]と思い出し笑いをした。同時に、何か低声《こごえ》に唄い出した。
 笑っているマアセル。
 唄っているマアセル。
 ちら[#「ちら」に傍点]と――どころかすっかり裸身を見せている「モナコの岸」のマアセル。
 AaaaAH! とマアセルは伸びをした。寝台が大きく浪をうって、マアセルの全体重を受け取った。そしてマアセルは、好きなように安楽[#「安楽」に傍点]な姿態[#「姿態」に傍点]で赤本《あかほん》を読み出した。しばらく読んでいたが、いつしか本を持つ手が横ちょにさがり、やがてその本がぱったり[#「ぱったり」に傍点]と床を打つと、マアセルは床覆《カヴァ》の上で眠り出した。すこし口を開けた大の字なりの金髪美人を照らして、室内には、消し忘れた電灯がいや[#「いや」に傍点]にかんかん氾濫している――。
 拡大鏡の向うで、白い大きな脚がさまざまに動いて、マアセルは寝返りを打った――隊
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