A今夜のは特選ぞろいだと言いますから、まあ、私たちは幸福人ですよ。ははははは、これでどうやら国の悪友達にも土産《みやげ》話が出来ますからね。』
 などとあちこち話しかけて歩くもんだから、それをきっかけ[#「きっかけ」に傍点]に一同いつの間にやら同じ上機嫌《グッド・ユウモア》に解け合って、何物をも辞しない探検家の精神《スピリット》が埃及尖塔《オベリスク》みたいに高く天に沖《ちゅう》していると――義士の勢揃い宜しくなこの騒ぎに、義士のことは知らないが何がはじまったのかとびっくりして、通行人が足をとめている。
 折しもあれ――というほどのことでもないが――そこへ大殿堂《グラン・パレ》ET小殿堂《プチ・パレ》の方角から一台の遊覧用大型自動車《シャラパンク》が疾駆して来て、待ち兼ねたみんなを拾い上げたのである。探検隊長――まるでアムンぜンかノビレみたいだが――アンリ・アラキが、運転手と並んで腰かけていた。
 午後九時四十五分。彼は、出発に際して隊員に一場の訓示を与えた。仏蘭西《フランス》大使のように流暢なふらんす語だった。
『出かける前に広告はしません。すぐに実物が証明するからです。またどこどこへ行くかということもわざと明言しません。好奇心のためです。ただ必要上、最初の一つだけをここにお話ししましょう――。すでにあなた方も御存じの通り、巴里浅草《モンマルトル》のレストラン千客万来「モナコの岸」は、昔から美人女給の大軍を擁し、それで客を惹いてるので有名でありまするが、そのなかでも美人中の美人として令名一世を押しつけ、「モンマルトルのクレオパトラ」と呼ばれているのが、マアセルと申す当年取って二十五、六――割引無し――のどっちかというと大柄な、素晴らしい美人でありまして――。』
 と、つまり、マアセルに関して、はじめに私が説明した全部は、そっくりこの時の親分の言なんだが、えへん! と親分はここで咳払い――もちろん流暢な仏蘭西語で――をして、あとを続けた。
『で、この万人――いや、厳正には万男――渇仰《かつごう》の的たるマアセルの私生活をこっそり[#「こっそり」に傍点]お見せ申すのが、本計画の第一歩でありまするが、前もって特に御注意申し上げたい一事は、私はマアセルの泊っているアパルトマンの夜番に莫大な金を掴ませて特別にその仕掛けをほどこし、それでこうして皆様をお伴《つ》れ申すことも出
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