に発見している私達のすぐ横手、つまりこの「あたらしい王さまの市場」から、一ぽんの狭い往来が左へ延びて、凹凸《おうとつ》のはげしい石畳・古風な構えの家々・地下室から鋏の聞える床屋・作り物のバナナを軒《のき》いっぱいに吊るした水菓子屋・そのとなりのようやく身体《からだ》がはいるくらいの露路へ夢のようにぼやけてゆく老婆の杖・瀬戸物屋の店に出ている日本の Hotei・朝から夕方のような紫の半闇・ゆっくりと一歩々々を味《あじわ》うようにあるきまわっている北欧哲人のむれ・そして建物の屋根を斜《ななめ》に辷《すべ》る陽ざしが、反対側の二階から上だけを明るく染め出しているコンゲンスガアドの町――「こぺんはあげん」は身辺のどこにでも転がっている。
むかし、ロスキルドのアブサロン僧正という坊さんが、ここバルチック海の咽喉《のど》ズイランド島に「すこしの土地を買った」。この「彼はすこしの土地を買った―― He Bought a Bit of Land」という文句を丁抹《デンマーク》語でいうと、取りも直さずクプンハアフンで、かくのごとく一つの完全な意味をもつくらいの比較的長い文章だから、このデンマアクの首府ほど各国語によってそれぞれ自国風に異なった発音で呼ばれているところはあるまい。それがいま人口七十万を擁してアマゲル島の一部に跨《また》がり、その市政、その博物館、その教育機関と社会的施設――。
What is THAT ?
じつに色んなものが私の視野を出たりはいったりする。
まず、歌劇役者のような伊達《だて》者の若紳士が、白の手袋に白いスパッツを着用し、舞台の親王《しんのう》さまみたいに胸を張って私たちの真向いの額縁屋へ消えた――と思ったらすぐ、今度は帽子なしで羽ばたきを手に店頭へあらわれ、職業的ものしずかさでそこらの塵埃を払い出した――のや、蕪《かぶ》と玉菜《たまな》と百姓を満載したFORD――フォウドは何国《どこ》でも蕪と玉菜と百姓のほか満載しない――や、軽業《かるわざ》用みたいにばか[#「ばか」に傍点]にせいの高い自転車や、犬や坊さんや兵士や、やがて、悪臭とともに一輌の手押車がきた。羊か何かの剥《は》いだばかりの皮を山のように積んで、車輪から敷石まで血がぽたぽた落ちている。私達が思わず鼻を覆ったら、車の主の、焦茶《こげちゃ》色の僧服みたいなものを着た、ベトウヴェンのような顔
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