はすくなからず魔誤々々《まごまご》してしまう。
 ホテルでは、日本人の夫婦が舞いこんで来たというんで大さわぎだ。それには及ばないというのに、番頭が大得意で町の案内に立つ。
『これが郵便局です。どうです、素晴らしい建物でしょう? それからこれが停車場、あれがグロウハラアの要塞――。』
 一々感心したような顔をせざるを得ない。人には社交性というものがあるし、それにこの単純なフィンランド人を失望させたくないから――そこで、ありきたりの建物にも最大の讃辞を呈し、寒々しい大統領官邸にも最上級の驚嘆を示し――番頭は上機嫌で商売なんかそっち[#「そっち」に傍点]のけだ。
 エイラの島の絶景に大いに感心し、つぎに船着場の花と箒《ほうき》の市場にまた大いに感心し、それから「異国者《フォリソン》の島」の博物園では十六世紀のお寺と、お寺の日時計・砂時計・礼拝中に居眠りするやつを小突くための棒・男たちの wicked eye から完全に保護されている女だけの席・地獄の絵・審判の日の作り物・うその告白をした女を罰する足枷《あしかせ》――それらにまんべんなく感心してしまうと、もうありませんな、と番頭のほうが困っている。可哀そうで、まあ君、これだけ見せてもらえばたくさんです。そう悲観したもうな、と慰めたくなる。
 その他、ついでに感心すべきものを附記すると、S・Sデゴロという船で一夕の島めぐり。夕陽をとかす水、島、岩、松、白樺、子供、葦《あし》を渡る風、小桟橋、「郊外の住宅へ帰る」ようにデゴロビビウだのヴォドだのイグロなんかという恐ろしげな名の島へ上陸して行くヘルシンキの勤人《つとめにん》、家の窓からそれを見て小径《こみち》を駈けてくる若い細君、船員が岸の箱へ押し込んで廻る夕刊と郵便物、今朝《けさ》頼んでおいた砂糖やめりけん粉の買物を船長さんから受取るべく船を待っている主婦たち――ここにも同じょうな人間の生活が営まれていることをいまさらのようにしみじみと思わせられる。
 それから、こんどは美術館《アテネアム》に感心しなければならない。ミレイとコロウとドガが紛れこんで来ている。
 もう一つ、お土産品を売るというんで自他ともに許しているはずのミカエル街ピルチの店に、売子と埃と好意と空気の他何ひとつ商品のないのに最後に感心。
 近処に常設館がふたつあって、夜になると不思議にも電灯がともる。一つを「ピカ
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