鴻塔hンに一人ぽっちの、小野さんは若々しい日本青年だ。
小野さんは下宿を探している。
自分では気がつかないながら、小野さんはどこかにて「待遇のいい永久の下宿」をもとめているのだ。
G・B・S
ジョウジ・バアナアド・ショウは、樹間《このま》の白い小砂利道を踏んで私たちのまえまでくると、そこで立ちどまって、ポケットからはんけち[#「はんけち」に傍点]を掴み出してちんと鼻をかんだ。
碁盤縞《ごばんじま》のノウフォウク・ドレスに、無帽。長い赤い顔の上下に髪と鬚《ひげ》が際立って白い。互いちがいに脚を絡ませるような歩き方、笑っている眼、太い含み声だ。
『仕事がありますので、ながくはお話し出来ません。ほんの五分、いや三分――さかんに時計を見るかも知れませんが、どうか気をわるくなさらないように。決してもうお帰り下さいというつもりで時計を出すのではありません。帰るのは私のほうです。時間が切れれば、勝手に廻れ右をして家のなかへ這入るばかりですから――さあ、何からお話しましょう――。』
こう言ってショウは、ちょっと首を傾《かし》げて考えこむふうをした。
観衆――それとも聴衆といおうか、とにかくみんな固唾《かたず》を呑んでいる。さきに言うのを忘れたが、俄雨《にわかあめ》に降られて私たちの逃げこんだ常設館ニュウ・ギャラリイのスクリインに、ショウの「|物を云う映画《テレヴィジョン》」がうつっているのだ。
私たちは知らずに飛び込んだのだが、このショウの「話す実写」はじつにライフ・ライクで、倫敦《ロンドン》じゅう大評判だった。そのためこのとおりの満員である。
翌日。
これに刺激されて、私と彼女はホワイト・ホオル四番にタキシを駆った。ホワイト・ホウル四番館は、倫敦市におけるショウの文筆事務所のある、最高級の宏壮なアパアトメントだ。
ところが、G・B・Sはすでに、遠く南フランスに最近新築した別荘へ避暑に去ったあとだった。
底本:「踊る地平線(上)」岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年10月15日第1刷発行
底本の親本:「一人三人全集 第十五巻」新潮社
1934(昭和9)年発行
※底本には、「新潮社刊の一人三人全集第十五巻『踊る地平線』を用いた。初出誌および他の版本も参照した。」とある。
入力:tatsuki
校正:米田進
2002年12月9日作成
2003年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
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