−tack といって、その場になって刻々移る一般の人気によって激しく上下する馬金率を報《し》らせあっているのだ。そこでもここでも襯衣《しゃつ》一まいの男が人の海のうえに不可思議な白日のふぁんたしあ[#「ふぁんたしあ」に傍点]を踊っている。これで見るみる値段が変って行き、それもブッキイによって色いろに違うので、すこしでも割のいいブッキイで賭けようとあって、男も女もお婆さんも、お金と鉛筆を握り、血相かえて右往左往している。一番にでも二番へでも賭けられて、その上いろんなふうに組合せがつくんだから、これがじっさいになるとなかなかややこしい。あまつさえ、ロンドンとその近くのすべての町が今日はすっかりからっぽ[#「からっぽ」に傍点]になるほどの人出だ。馬みたいに鼻の穴の大きなグウズベリイ伯爵が、灰色の山高帽に双眼鏡といういでたち[#「いでたち」に傍点]で全家族を引きつれて悠歩していくとあとから、百貨店の売子が、これも灰色の山高帽に双眼鏡といういでたちで――蘇国高地人《スカッチ・ハイランダア》の笛と、その妻のキルト踊り・茶店・道化役・パイナップル売り・れもねえど・早取《はやとり》写真・歌留多《かるた》当てもの・競馬の忠告《チツゴ》売り・その他種々のごった[#「ごった」に傍点]返すなかを往きつ戻りつしている。
『わたしどもの言う馬が勝たなかったら、お金はそっくりかえしますよ――金一|志《シリン》で、この紙にきょうの勝ち馬がすっかり書いてある。へん、安いもんでさあ。』
予報《テップ》売りの口上だ。私も買ってみたが、帳面のきれはしに馬の番号が出鱈目《でたらめ》に――どうもそうとしか思われない――殴《なぐ》り書《がき》してあるだけだ。さすがに自分でも気が咎《とが》めるとみえて、一回ごとに場処をかえては、前回の買手の襲撃を避け、同時に新しい犠牲者をさがしている。
やがて――得てこういう「|大きな日《ビック・デイ》」は時の経つのが早いものだ――大観覧席の顔の壁が赤く染まり馬は汗をひっこめ、人は疲れてだんだん無口になり、そうしてエプソム丘に夕風が立つ。
The Day's end ――。
帰路につかれようとしているジョウジ五世陛下と皇后陛下とが、遠く小さく、おなじく帰路につこうとしている私たちから拝された。四頭立ての白馬と、御通路をあける警官のヘルメットに陽がちかちか[#「ちかちか」に
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