゙等の努力に、泪《なみだ》ぐましい泣笑いがひそんでいる。じっさいこの町に住む露西亜人は、片っぱしから「槍《やり》は錆《さ》びても」の心意気なのだ。だから、莫大な体躯といかめしい鬚《ひげ》と灰色の眼とをもつ格蘭得火太立《グランド・ホテル》旅館の老小使《ポウタア》ミシェルは、むかし国境防備軍団の旅団長として皇帝と同じ食卓で茶を喫《の》んだ記憶を秘蔵し、ボルシチの料理人は革命当時にバイカル湖を泳いで逃げた大銀行家のなれの果てだし、路傍に燐寸《マッチ》を売る老婆という老婆は、すべて王女かもしくは宮廷の侍女であったに相違ない。こうして大山鉱業者は街角に靴をみがき、大将軍は貨物自動車を運転し、大僧正が倉庫の番人をつとめているわけで、陸軍中将の御者、大公爵の番頭、帝室歌劇団花形の売子、すべて由緒ある亡命者をもってハルビンは充満している。これらの白い波に、いま欧亜主義《ユウロパシフィック》なる一つの反動思想、ソヴィエト制度をピイタア大帝以前の露西亜《ロシア》本来のものとして肯定して、一ぽう共産党現政府を乗っ取ろうとする運動が、全世界にちらばる白系露人と呼応して起りつつあると聞くが、そうかと思うと、じぶ
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