なに聯隊奮戦の地。
連山関《れんざんかん》の郵局。
「赤い夕陽」
ほんとに真赤な、大きな、火事のような入り日だ。
「奉天」
のりかえ。
「長春」
のりかえ。
支那馬車のむれ。
客桟《かくざん》で人を呼ぶ声。深夜。
やすい煙草――大愛国香烟、長寿牌大号、中国出産|中俄煙《ちゅうがえん》公司。
南京豆の皮を吹く砂まじりの風。
水菓子屋の灯《あか》り。
午前十二時十分発。
「哈爾賓《ハルビン》まで」
万国寝台車の一夜。巴里《パリー》に本社のあるワゴンリイのくるまだ。まるで宮殿のよう――と彼女が讃嘆したとおりに、飴いろに金ぴかの装飾が光っている。
中華民国のかたではありませんか、と呼びかけられて、下関で高等係の人からかなり長い質疑応答をやらせられた私達――断っておくが、私はながい外套にへん[#「へん」に傍点]なぐあいに帽子を潰《つぶ》してかぶり、彼女は断髪にしかと花束を抱えていた――も、長春では、旅券をしらべに車室へ来た支那の官憲が、一眼《ひとめ》で日本人と白眼《にら》んだためにそのままに済んだ。――のはいいが、故国の役人には支那人に間違われ、支那人にはすぐに日本人と看破される。やはり、旅だ。
「ハルビン」
灰色にくすぶる新市街の停車場。
殺到する支那の赤帽。手荷物略奪戦。
りゃん・りゃん・りゃん!
まあやあ・ほいほい!
てんが・れんが・れん!
For God's sake, wait ! ――この一種物語的なひびきを持つ都会の名は、私たち日本人にただちに公爵伊藤の死を聯想させる。
で、これが映画なら、さしずめここでカット・バックというところだ。すなわち、画面全体が見るみるぼや[#「ぼや」に傍点]けて、そこに過去の話中話が煙りのように浮かび出る――こんなふうに。
最初スクリンいっぱいに、疾走中の汽車の車輪を大きく見せて、つぎに字幕《タイトル》。
「明治四十二年十月二十六日午前八時、元勲伊藤公の坐乗せる特別列車は、長春より一路|哈爾賓《ハルビン》をさして急ぎつつあった。」
食堂車内の景。
伊藤公が、金の飾りのついた洋杖《ステッキ》をかたわらに、何か書いた紙片を満鉄総裁|中村是公《なかむらぜこう》氏、宮内大臣秘書官森泰二郎氏に示している。漢詩人|森槐南《もりかいなん》が微吟する。
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十月二十五日発|奉天赴《ほう
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