ェつきないわけだ。貴族の使った長椅子《デュワン》が十八留で落ちる。何もかも飛ぶように売れていくのを見ていると、露西亜《ロシア》の財政的困窮がうなずけなくなる。ことによると、食べものをたべなくても芝居見物と買物だけはかかさないのかも知れない。にちぇうぉ!
私たちも競《せ》り抜いて二枚の油絵を買った。グジコフ筆「窓の静物」とガボリュボフの「クレムリン」「雪景」。グジコフは人気のある若い静物画家だが、今日のプラアガを当てこみに一晩で塗りまくったものとみえて、まだ絵の具が乾いていない。粗末なアトリエでおなかのへったグジコフがぱん[#「ぱん」に傍点]のために徹夜しているところが表現派の映画面のように心描される。東洋の一旅人がそれを競《せ》りおとしたのだ。なんとぼへみあん[#「ぼへみあん」に傍点]な莫斯科《モスコウ》の一夜であることよ!
第二日の印象。古い器物と家具は露西亜《ロシア》の持つうつくしい幽霊だ。
第三日。
小雨。ホテルに閉じこもってやたらにお茶を喫《の》む。新寺院―― again ! ――円屋《ドーム》が遠く霞んで窓から見るモスコーは模糊としている。雨のなか、ホテルの前のバルシャヤ・リュビヤンカの大通りを「赤い守備兵」の一隊がゆく。赤旗が濡れて、人の靴は重い。常備六十万、戦時百万と号す。莫斯科《モスコウ》市史のうえに眠る。「年代記にモスコウの名のはじめて見ゆるは一一四七年にして、一一五六年大公爵ウラジミル・ドルゴルキイ、市の外周に堀と木塁《もくるい》をめぐらし――。」
第四日。
|朝飯の献立《ザアフトラック》。ズワ・チャイ。アペルシナ。ガリャアチエ・マラコ。ヤイチニツァ・ウェッチイナ。ブウロチキ。マスロ――何だか誰にもわからない。食べたはずの私にも判然しないくらいだから。
第五日。
トウェルスカヤ街五九番に革命博物館を見る。社会運動者の奮闘と度々《たびたび》の革命の犠牲を歴史的にみせて、十月革命の成功におわっている。古い刑具と、死体の写真。レイニンの像。呪詛と反感と狂望と歓喜。ゴウルキイの原稿。ゲルツェンの原稿。地下室に監房と蝋人形の囚徒。秘密運動のじっさい。
この建物は一八一四年に出来たラスモヴスキイ邸宅で、のち英吉利《イギリス》倶楽部になっていたこともある。露西亜《ロシア》革命の博物館だが、ろしあ共産党の歴史博物館でもあり、同時にまたレイニンの
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