ネってしまうし――とにかく欧羅巴《ヨーロッパ》へ行きつくまで何とかして露命をつなぎ、せめては餓死しない算段を上分別とする。身ごしらえ――喧嘩|乃至《ないし》は火事見舞の支度がいい。金銭――については両替、出入国、相場に関して流言|蜚語《ひご》真に区々まちまち、よろしく上手に立ちまわること肝要、とだけいっておこう。何せ相手は露西亜《ロシア》だ。朝と晩でもう法律が変っているんだから仕方がない。
第三章。車内「これだけは心得おくべし」。
停車時間を見るには時計よりも暦のほうが便利なこと。
そうかと思うと気まぐれに直《す》ぐ出るから、合図の鐘が鳴ったから逸早く駈け込むこと。
つねににこにこ[#「にこにこ」に傍点]して、殊に露西亜人のボーイには必要以上の好意を示すこと。
神仏どっちでもいいから、絶えず安着を祈ること。
知っていていい露西亜語。
こは何なりや――シト・エト・タコエ?
こはいずくの停車場なりや――カカヤ・エト・スタンツィオ?
ハム――ウェッチイナ。
バタ――マスロ。
幾金なりや――スコリコ?
自余は手まねと表情。悪口には母国語使用のこと。
以上、新刊しべりあ旅行案内終り。
念のための格言。
かんなん汝を玉にす。
湖・白樺・雪・雪・雪
車掌は白髪の老人だったが、何をいっても皆まで聞かずに否《ニヤット》の一言で片づけるのには大いに困った。そのうえアフガニスタン王のために四人乗りの車室しか取れなかったので、途中の駅から入り代り立ちかわり色んな人物が割り込んでくる。これにも弱らせられたが、このほうはどうやら片ことで会話をまじえて、すこしでも彼らの見方や考えているところに触れる機会を持ち、かえって感謝すべきだったかも知れない。はじめは私たちふたりでのうのう[#「のうのう」に傍点]していたのだったが、満洲里《マンチュリー》を出て間もなく、たぶんマツェフスカヤからだったと思うが、真夜中の二時ごろ、臭気ふんぷんたる二人の露西亜《ロシア》兵士が押しこんで来て、長靴をはいた土足のまんま寝台へ這いあがられたのはびっくりした。彼女などはびくびく[#「びくびく」に傍点]もので一晩じゅうまんじりともしなかった。あとで聞くと、このふたりは初め隣室の女ばかりの部屋へ這入《はい》ろうとしたのだそうだ。もちろん女達が悲鳴を揚げて抵抗したので、私たちの部屋へ来
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