いちいち糸を引いているんだ。わかってるじゃないか。その時分から僕に東夏を使わせる計画だったんだよ。(柳麗玉へ)いや、ありがとう。御苦労。開けてみよう。
[#ここから3字下げ]
包みを受け取って地面にしゃがみ、ひらく。紙箱が出る。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
禹徳淳 (覗き込んで)何だい、ばかに厳重に包んであるじゃないか。
[#ここから3字下げ]
安重根は無言で箱の覆を取る。拳銃が二個はいっている。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
安重根 (ぎょっとして覆をする。静かに柳麗玉を見上げる)李剛さんが、僕らがこれを忘れて行ったと言ったって?
柳麗玉 あら! (素早く箱の中を見て)ええ。ですけれど、あたし、そんな物がはいっているとは知らずに――。
安重根 そして李先生は、これを僕らに届けるために君を走らせた――。
[#ここから3字下げ]
と再び箱を開けて、禹徳淳に示す。二人は黙って顔を見合う。間。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
安重根 (苦笑)二挺ある。何方でも採りたまえ。
禹徳淳 ははははは、まるで決闘だな。しかし、李剛主筆の深謀遠慮には、いつものことながら降参するよ。
安重根 (拳銃の一つを取り上げて灯にすかして見ながら)スミット・ウェトソン式だ。十字架が彫ってある。六連発だな。この銃身のところに何か書いてあるぞ。(横にして読む)――コレアン・トマス。
禹徳淳 朝鮮人《コレアン》トマス? 面白い。それを君の名前にするか。
[#ここから3字下げ]
二人はじっとめいめいの拳銃に見入っている。手風琴と唄声が聞こえて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
柳麗玉 (決然と)面白くなって来たわね。あたしだって働けるわ。ね、安さん、いっしょにハルビンに行くわ。
[#ここから3字下げ]
安重根は二挺の拳銃を箱に納めて、手早く元通りに包んでいる。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
禹徳淳 そうだ。女づれだと、かえって警戒線を突破するのに便利かもしれないな。
[#ここから3字下げ]
夕刊売りの少年が上手から駈けて来る。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
夕刊売り 夕刊! 夕刊! ハルビンウェストニック夕刊!
[#ここから3字下げ]
三人の様子に好奇気《ものずきげ》に立ち停まる。禹徳淳が夕刊を買って下手へ追いやる。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
禹徳淳 (新聞を拡げて、大声に)おい、出てるぞ。(紙面の一個所を叩いて安重根に示す)何だ?――「東清鉄道の事業拡張に関する自家の意見を確定するため極東巡視の途に上りたるココフツォフ蔵相は、二十一日ハルビン到着の予定。なお北京駐在露国公使コロストウェツの特に任地より来あわせる等の事実より推測すれば、時を同じゅうして来遊の噂ある伊藤公爵とわが蔵相との会見は、なんらか他に重大なる使命を秘するもののごとく想像に難からずと、某消息通は語れり。」――まだある。この後が大変なんだ。(活気づいて高声に読み続ける)「因に東清鉄道会社は、翌二十二日のため長春ハルビン間に特別列車を用意したり。」どうだい、こいつあ愉快なニュースだ。いよいよこうしちゃあいられない――。
柳麗玉 (勢い込んで、安重根へ)あたし其包《それ》持ってくわ。
安重根 いや、いかん。君はウラジオへ帰れ。帰って、李剛先生に礼を言ってくれ。忘れ物を届けてやったら、安重根は大喜びだったと。(禹徳淳へ)事務的に、ココフツォフの動きにさえ注意していたら、間違いなく、伊藤は向うからわれわれのふところへ飛び込んで来るよ。長春からハルビンまでの特別列車? 二十二日だって?
禹徳淳 (紙面を白眼んで)うむ。逢いたりな逢いたりな、ついに伊藤に逢いたりな――。
安重根 二日早くなったな。曹道先は知ってるんだろうな。
禹徳淳 無論すっかり手配して待ってるとも。おい、もう劉東夏が出て来るころだ。停車場へ行っていよう。
[#ここから3字下げ]
安重根は拳銃の包みを抱えて、禹徳淳とともに急ぎ下手へ入る。柳麗玉は勇ましげに見送ったのち、気がついて後を追う。薬屋の店から劉父子が出て来る。劉東夏は旅行の仕度をしている。
[#ここで字下げ終わり]
[#改行天付き、折り返して1字下げ]
劉任瞻 (戸口に立ち停まって)用が済んだらすぐ帰るんだぞ。ハルビンは若い者の長くおるところじゃない。
劉東夏 (気が急いて)え。すぐ帰ります。じゃ、行ってまいります。
[#ここから3字下げ]
走り去る。
[#ここで字下げ終わり]
11[#「11」は縦中横]
[#ここから3字下げ
前へ
次へ
全30ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング