ました。
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駅長去る。支那人ボウイは顔をしかめて随《つ》いて行く。駅長はただちにドアの真向うの部屋へはいって、同じことを言っているのが聞こえて来る。間。
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禹徳淳 (安重根を凝視した後)君はどう考えているか知らんが、僕らは決して個人の挌で(低声に)伊藤を殺《や》っつけるんじゃあないんだ。人数こそ尠いが、この行為は戦争だよ。立派な××戦争だよ。君は義兵の参謀中将として指揮をし、僕はその義軍に参加しているのだ。事成れば、戦時の捕虜として潔く縛《ばく》に就く覚悟でいる。
安重根 (続けさまに巻煙草を吹かして歩き廻りながら、苦笑)解った、わかった! 僕も今さらこんなことを言いたくはないが、本国では、外部も工部も法部も、いや、通信機関まですべて日本の経営なんだぜ。いまわかったことじゃないが、考えてみると、これじゃとても大仕掛けに事を挙げるなんて思いも寄らない。例えば、ここで僕らが何かやったって、果して僕らの目的、僕らの意思が、大衆に徹底するかどうか――。
禹徳淳 (顔色を変える)おいおい、今になって君は何を言い出すんだ――。
安重根 (冷笑して)また徳淳のお株が始まるぞ。そのつぎは、(大言壮語の口調で)「われにしてもし武力あらば、軍艦に大砲を積んで朝鮮海峡へ乗り出し、伊藤公の乗って来る船を撃ち沈める」――という、いつもの、そら、十八番《おはこ》が出るんだろう。
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禹徳淳がむっとして何か言わんとする時、室外《そと》の廊下に「嫌ですよう、引っ張っちゃあ! 行きますよ。行ったら文句はないんでしょう。」と叫ぶ肝高い女の声、「来いっ! 貴様も一緒に来るんだ!」などと男の怒声、続いてけたたましい女の泣き声と、多人数の走り廻る音がして、突然ドアが開き、寝巻姿のロシア人の売春婦三人と、客の朝鮮人支那人の男たちが逃げ込んで来る。劉東夏と禹徳淳は呆然と見守っている。安重根は寝台の下から行李を引き出して、茶色のルバシカ、同じ色の背広、円い運動帽子、大きな羊皮外套等、ウラジオで調えた衣類を取り出し、片隅で静かに着がえにかかっている。が、誰も気がつかない。
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女一 (禹徳淳へ低声に)ちょっと此室《ここ》を貸して下さいね。
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