擧げて宿直《とのゐ》の侍《さむらひ》を呼び起し申さんや』。
第十六
鋭き言葉に言い懲《こら》されて、餘儀なく立ち上《あが》る冷泉を、引き立てん計りに送り出だし、本意《ほい》なげに見返るを見向《みむき》もやらず、其儘障子を礑《はた》と締《し》めて、仆るゝが如く座に就ける横笛。暫しは恍然《うつとり》として氣を失へる如く、いづこともなく詰《きつ》と凝視《みつ》め居しが、星の如き眼の裏《うち》には溢《あふ》るゝばかりの涙を湛《たゝ》へ、珠の如き頬にはら/\と振りかゝるをば拭はんともせず、蕾の唇《くちびる》惜氣《をしげ》もなく喰ひしばりて、噛み碎く息の切れ/″\に全身の哀れを忍ばせ、はては耐へ得で、體を岸破《がば》とうつ伏して、人には見えぬ幻《まぼろし》に我身ばかりの現《うつゝ》を寄せて、よゝとばかりに泣き轉《まろ》びつ。涙の中にかみ絞る袂を漏れて、幽《かすか》に聞ゆる一言《ひとこと》は、誰れに聞かせんとてや、『ユ許し給はれ』。
良《よ》しや眼前に屍《かばね》の山を積まんとも涙一滴こぼさぬ勇士に、世を果敢《はか》なむ迄に物の哀れを感じさせ、夜毎《よごと》の秋に浮身《うきみ》をやつす
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