人竝《ひとなみ》に都を立ち出でて西國に下《くだ》りしが、行くも歸るも水の上、風に漂ふ波枕《なみまくら》に此三年《このみとせ》の春秋は安き夢とてはなかりしぞや。或はよるべなき門司の沖に、磯の千鳥とともに泣き明かし、或は須磨を追はれて明石の浦に昔人《むかしびと》の風雅を羨み、重ね重ねし憂事《うきこと》の數《かず》、堪《た》へ忍ぶ身にも忍び難きは、都に殘せし妻子が事、波の上に起居する身のせん術《すべ》なければ、此の年月は心にもなき疎遠に打過ぎつ。嘸や我を恨み居らんと思へば彌増《いやま》す懷《なつか》しさ。兎《と》ても亡びんうたかたの身にしあれば、息ある内に、最愛《いと》しき者を見もし見られもせんと辛《から》くも思ひ決《さだ》め、重景一人|伴《ともな》ひ、夜に紛《まぎ》れて屋島を逃《のが》れ、數々の憂《う》き目を見て、阿波の結城の浦より名も恐ろしき鳴門《なると》の沖を漕ぎ過ぎて、辛《やうや》く此地までは來つるぞや。憐れと思へ瀧口』。打ち萎《しを》れし御有樣、重景も瀧口も只々袂を絞るばか閧ネり。瀧口、『優《いう》に哀れなる御述懷、覺えず法衣を沾《うるほ》し申しぬ。然《さ》るにても如何なれば都へは
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