で》結びこめぬばかりの鳥羽殿《とばでん》には、去年《こぞ》より法皇を押籠《おしこ》め奉るさへあるに、明君《めいくん》の聞え高き主上《しゆじやう》をば、何の恙《つゝが》もお在《は》さぬに、是非なくおろし參らせ、清盛の女が腹に生れし春宮《とうぐう》の今年《ことし》僅に三歳なるに御位を讓らせ給ふ。あはれ聞きも及ばぬ奇怪の讓位かなとおもはぬ人ぞなかりける。一秋毎《ひとあきごと》に細りゆく民の竈《かまど》に立つ烟、それさへ恨みと共に高くは上《のぼ》らず。野邊《のべ》の草木《くさき》にのみ春は歸れども、世はおしなべて秋の暮、枯枝《かれえだ》のみぞ多かりける。元より民の疾苦《しつく》を顧みるの入道ならねば、野に立てる怨聲を何處《いづこ》の風とも氣にかけず、或は嚴島行幸に一門の榮華を傾け盡し、或は新都の經營に近畿《きんき》の人心を騷がせて少しも意に介せず。世を恨み義に勇みし源三位《げんざんみ》、數もなき白旗|殊勝《しゆしよう》にも宇治川の朝風《あさかぜ》に飜へせしが、脆《もろ》くも破れて空しく一族の血汐《ちしほ》を平等院《びやうどうゐん》の夏草《なつくさ》に染めたりしは、諸國源氏が旗揚《はたあげ》の先陣ならんとは、平家の人々いかで知るべき。高倉《たかくら》の宮《みや》の宣旨《せんじ》、木曾《きそ》の北《きた》、關《せき》の東《ひがし》に普ねく渡りて、源氏|興復《こうふく》の氣運漸く迫れる頃、入道は上下萬民の望みに背《そむ》き、愈々都を攝津の福原に遷《うつ》し、天下の亂れ、國土の騷ぎを露《つゆ》顧みざるは、抑々《そも/\》之れ滅亡を速むるの天意か。平家の末はいよ/\遠からじと見えにけり。
 右兵衞佐《うひやうゑのすけ》(頼朝)が旗揚《はたあげ》に、草木と共に靡きし關八州《くわんはつしう》、心ある者は今更とも思はぬに、大場《おほば》の三郎が早馬《はやうま》ききて、夢かと驚きし平家の殿原《とのばら》こそ不覺《ふかく》なれ。討手《うつて》の大將、三位中將|維盛卿《これもりきやう》、赤地《あかぢ》の錦の直垂《ひたゝれ》に萌黄匂《もえぎにほひ》の鎧は天晴《あつぱれ》平門公子《へいもんこうし》の容儀《ようぎ》に風雅の銘を打つたれども、富士河の水鳥《みづとり》に立つ足もなき十萬騎は、關東武士の笑ひのみにあらず。前の非《ひ》を悟りて舊都に歸り、さては奈良|炎上《えんじやう》の無道《むだう》に餘忿《よ
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