ふるまひ》に御恨《おんうら》みを含みて時の亂《みだれ》を願はせ給ふ法住寺殿《ほふぢゆうじでん》の院《ゐん》と、三代の無念を呑みて只《ひた》すら時運の熟すを待てる源氏の殘黨のみ、内府《ないふ》が遠逝《ゑんせい》を喜べりとぞ聞えし。
士は己れを知れる者の爲に死せんことを願ふとかや。今こそ法體《ほつたい》なれ、ありし昔の瀧口が此君《このきみ》の御爲《おんため》ならばと誓ひしは天《あめ》が下に小松殿|只《たゞ》一人。父祖《ふそ》十代の御恩《ごおん》を集めて此君一人に報《かへ》し參らせばやと、風の旦《あした》、雪の夕《ゆふべ》、蛭卷《ひるまき》のつかの間《ま》も忘るゝ隙《ひま》もなかりしが、思ひもかけぬ世の波風《なみかぜ》に、身は嵯峨の奧に吹き寄せられて、二十年來の志《こゝろざし》も皆|空事《そらごと》となりにける。世に望みなき身ながらも、我れから好める斯かる身の上の君の思召《おぼしめし》の如何あらんと、折々《をり/\》思ひ出だされては流石《さすが》に心苦《こゝろぐる》しく、只々長き將來《ゆくすゑ》に覺束《おぼつか》なき機會《きくわい》を頼みしのみ。小松殿|逝去《せいきよ》と聞きては、それも協《かな》はず、御名殘《おんなごり》今更《いまさら》に惜《を》しまれて、其日は一日|坊《ばう》に閉籠《とぢこも》りて、内府が平生など思ひ出で、※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、76−2]向三昧《ゑかうざんまい》に餘念なく、夜に入りては讀經の聲いと蕭《しめ》やかなりし。
先には横笛、深草の里に哀れをとゞめ、今は小松殿、盛年の御身に世をかへ給ふ。彼を思ひ是を思ふに、身一つに降《ふ》りかゝる憂《う》き事の露しげき今日《けふ》此ごろ、瀧口三|衣《え》の袖を絞りかね、法體《ほつたい》の今更《いまさら》遣瀬《やるせ》なきぞいぢらしき。實《げ》にや縁に從つて一念|頓《とみ》に事理《じり》を悟れども、曠劫《くわうごふ》の習氣《しふき》は一朝一夕に淨《きよ》むるに由なし。變相殊體《へんさうしゆたい》に身を苦しめて、有無流轉《うむるてん》と觀《くわん》じても、猶ほ此世の悲哀に離《はな》れ得ざるぞ是非もなき。
徳を以て、將《はた》人を以て、柱とも石とも頼まれし小松殿、世を去り給ひしより、誰れ言ひ合はさねども、心ある者の心にかゝるは、同じく平家の行末なり。四方《よも》の波風靜《なみか
前へ
次へ
全68ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング