《ゆか》しき思ひす、剃《そ》らぬ前《まへ》の我も戀塚の主《あるじ》に半《なか》ばなりし事あれば』。言ひつゝ瀧口は呵々《から/\》と打笑へば、老婆は打消《うちけ》し、『否、笑ふことでなし。此月の初頃《はじめごろ》なりしが、畫にある樣《やう》な上※[#「※」は「くさかんむり」の下に「月+曷」、第3水準1−91−26、69−13]《じやうらふ》の如何なる故ありてか、かの庵室《あんしつ》に籠《こも》りたりと想ひ給へ。花ならば蕾、月ならば新月、いづれ末は玉の輿《こし》にも乘るべき人が、品もあらんに世を外《よそ》なる尼法師に樣を變へたるは、慕ふ夫《をつと》に別れてか、情《つれ》なき人を思うてか、何《ど》の途《みち》、戀路ならんとの噂。薪とる里人《さとびと》の話によれば、庵の中には玉を轉《まろ》ばす如き柔《やさ》しき聲して、讀經《どきやう》の響絶《ひゞきた》ゆる時なく、折々《をり/\》閼伽《あか》の水汲《みづく》みに、谷川に下りし姿見たる人は、天人《てんにん》の羽衣《はごろも》脱《ぬ》ぎて袈裟《けさ》懸《か》けしとて斯くまで美しからじなど罵り合へりし。心なき里人も世に痛はしく思ひて、色々の物など送りて慰《なぐさ》むる中《うち》、かの上※[#「※」は「くさかんむり」の下に「月+曷」、第3水準1−91−26、70−6]は思重《おもひおも》りてや、病《や》みつきて程も經《へ》ず返らぬ人となりぬ。言ひ殘せし片言《かたごと》だになければ、誰れも尼になるまでの事の由を知らず、里の人々相集りて涙と共に庵室の側らに心ばかりの埋葬を營みて、卒塔婆《そとば》一|基《き》の主《あるじ》とはせしが、誰れ言ふとなく戀塚々々と呼びなしぬ。來慣《きな》れぬ此里に偶々《たま/\》來て此話を聞かれしも他生《たしやう》の因縁《いんねん》と覺ゆれば、歸途《かへるさ》には必らず立寄りて一片の※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、70−9]向《ゑかう》をせられよ。いかに哀れなる話に候はずや』。老婆は話し了りて、燃えぬ薪の烟《けぶり》に咽《むせ》びて、涙《なみだ》押拭《おしのご》ひぬ。
瀧口もやゝ哀れを催して、『そは氣の毒なる事なり、其の上※[#「※」は「くさかんむり」の下に「月+曷」、第3水準1−91−26、70−12]は何處《いづこ》の如何《いか》なる人なりしぞ』。『人の噂に聞けば、御所《ごしよ》
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