、心狹き妾に、恥ぢて死ねとの御事か。無情《つれな》かりし妾をこそ憎《にく》め、可惜《あたら》武士《ものゝふ》を世の外にして、樣を變へ給ふことの恨めしくも亦痛はしけれ。茲|開《あ》け給へ、思ひ詰《つ》めし一念、聞き給はずとも言はでは已《や》まじ。喃《のう》瀧口殿、ここ開け給へ、情なきのみが佛者《ぶつしや》かは』。喃々《のう/\》と門《かど》を叩きて、今や開《あ》くると待侘《まちわ》ぶれども、内には寂然として聲なし。やゝありて人の立居《たちゐ》する音の聞ゆるに、嬉《うれ》しやと思ひきや、振鈴の響起りて、りん/\と鳴り渡るに、是れはと駭く横笛が、呼べども叫べども答ふるものは庭の木立のみ。
 月稍々西に傾きて、草葉に置ける露白く、桂川の水音|幽《かすか》に聞えて、秋の夜寒《よさむ》に立つ鳥もなき眞夜中頃《まよなかごろ》、往生院の門下に蟲と共に泣き暮らしたる横笛、哀れや、紅花緑葉の衣裳、涙と露に絞《しぼ》るばかりになりて、濡れし袂に裹《つゝ》みかねたる恨みのかず/\は、そも何處までも浮世ぞや。我れから踏《ふ》める己《おの》が影も、萎《しを》るゝ如く思《おも》ほえて、情《つれ》なき人に較《くら》べては、月こそ中々に哀れ深けれ。横笛、今はとて、涙に曇《くも》る聲《こゑ》張上《はりあ》げて、『喃《のう》、瀧口殿、葉末《はずゑ》の露とも消えずして今まで立ちつくせるも、妾《わらは》が赤心《まごゝろ》打明けて、許すとの御身が一言《ひとこと》聞かんが爲め、夢と見給ふ昔ならば、情《つれ》なかりし横笛とは思ひ給はざるべきに、など斯くは慈悲なくあしらひ給ふぞ、今宵ならでは世を換へても相見んことのありとも覺えぬに、喃《のう》、瀧口殿』。
 春の花を欺く姿、秋の野風に暴《さら》して、恨みさびたる其樣は、如何なる大道心者にても、心動《こゝろうご》かんばかりなるに、峰の嵐に埋《うづも》れて嘆きの聲の聞えぬにや、鈴の音は調子少しも亂れず、行ひすましたる瀧口が心、飜るべくも見えざりけり。
 何とせん術《すべ》もあらざれば、横笛は泣く/\元來《もとき》し路《みち》を返り行きぬ。氷の如く澄める月影に、道芝《みちしば》の露つらしと拂ひながら、ゆりかけし丈《たけ》なる髮、優に波打たせながら、畫にある如き乙女の歩姿《かちすがた》は、葛飾《かつしか》の眞間《まゝ》の手古奈《てこな》が昔|偲《しの》ばれて、斯くもあるべし
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