げす》み給はん事もあらば如何にすべき。將《はた》また、千束《ちづか》の文《ふみ》に一言《ひとこと》も返さざりし我が無情を恨み給はん時、いかに應《いら》へすべき、など思ひ惑ひ、恥かしさも催されて、御所《ごしよ》を拔出《ぬけい》でしときの心の雄々《をゝ》しさ、今更《いまさら》怪しまるゝばかりなり。斯くて果《は》つべきに非ざれば、辛《やうや》く我れと我身に思ひ決め、ふと首を擧ぐれば、振鈴の響耳に迫りて、身は何時《いつ》しか庵室の前に立ちぬ。月の光にすかし見れば、半ば頽《くづ》れし門の廂《ひさし》に蟲食《むしば》みたる一面の古額《ふるがく》、文字は危げに往生院と讀まれたり。
 横笛|四邊《あたり》を打ち見やれば、八重葎《やへむぐら》茂《しげ》りて門を閉ぢ、拂はぬ庭に落葉|積《つも》りて、秋風吹きし跡もなし。松の袖垣|隙《すきま》あらはなるに、葉は枯れて蔓《つる》のみ殘れる蔦《つた》生《は》えかゝりて、古き梢の夕嵐《ゆふあらし》、軒もる月の影ならでは訪ふ人もなく荒れ果てたり。檐《のき》は朽ち柱は傾き、誰れ棲みぬらんと見るも物憂《ものう》げなる宿《やど》の態《さま》。扨も世を無常と觀じては斯かる侘しき住居も、大梵高臺の樂みに換ヘらるゝものよと思へば、主《あるじ》の貴さも彌増《いやま》して、今宵《こよひ》の我身やゝ愧《はづ》かしく覺ゆ。庭の松が枝《え》に釣《つる》したる、仄《ほの》暗き鐵燈籠《かなどうろう》の光に檐前《のきさき》を照らさせて、障子一重の内には振鈴の聲、急がず緩まず、四曼不離の夜毎の行業《かうごふ》に慣れそめてか、籬《まがき》の蟲の駭《おどろ》かん樣も見えず。横笛今は心を定め、ほとほとと門《かど》を音づるれども答なし。玉を延《の》べたらん如き纖腕|痲《しび》るゝばかりに打敲《うちたゝ》けども應ぜん氣《け》はひも見えず。實《げ》に佛者は行《おこなひ》の半《なかば》には、王侯の召《めし》にも應ぜずとかや、我ながら心なかりしと、暫《しば》し門下に彳みて、鈴の音の絶えしを待ちて復《ふたゝ》び門《かど》を敲けば、内には主《あるじ》の聲として、『世を隔てたる此庵《このいほ》は、夜陰《やいん》に訪はるゝ覺《おぼえ》なし、恐らく門違《かどちがひ》にても候はんか』。横笛|潛《ひそ》めし聲に力を入れて、『大方《おほかた》ならぬ由あればこそ、夜陰に御業《おんげふ》を驚かし參らせしなれ。庵
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