多くの生徒に就《つ》くことなどが鬱陶《うっとう》しいなら、生徒に接しなくとも好いのです」
というように岡倉氏は説いていられる。岡倉氏の説明するところはなかなか上手《うま》いので、私に嫌《いや》といわさないように話しを運んでいられる。氏はさらに言葉を継ぎ、
「それで、あなたがお宅の仕事場でやっていられることを学校へ来てやって下さい。学校を一つの仕事場と思って……つまり、お宅の仕事場を学校へ移したという風に考えて下すって好いのでそれであなたの仕事を生徒が見学すれば好いのです。一々生徒に教える必要はないので、生徒はあなたの仕事の運びを見ていれば好いわけで、それが取りも直さず、あなたが生徒を教えることになるのです」
という風に話されるので、自分のことを私がいおうと思えば、先を越していってしまってどうにも辞退の言葉がないような有様になりました。
「お話はよく分りました。そういうことなら私にも必ずしも出来ないこととは思いませんが、私には、現在、いろいろ他から引き受けてやっている仕事がありますので、仮りに学校の方でお世話になるとしても、二、三ヶ月後のことでないと困ります」
こういいますと、岡倉氏はまたすかさず、
「それはどういう訳でしょう」
と突っ込みますから、
「それは、今日までの仕事を方附《かたつ》けてしまってから、お世話になるものなら改めてお世話になることに致しましょう」
と答えると、
「いや、それは、まだ、あなたは能《よ》く私の申し条を会得《えとく》して下すっておらん。それでは、学校のことと、内のこととを別にしていられることになる。お宅の仕事場でなさることを学校でして下されば結構と申したのはすなわちそこで、ただ、仕事部屋が、お宅から学校へ移ったというだけのことで……そう考えて頂けば現在お引き受けになっている仕事を学校の部屋へ持って来てやって下されば結構なので、つまり、生徒の学ぶのは、あなたの仕事を実地に見学することが何よりなので、私のあなたに学校へ来て頂こうという主意も実に此所《ここ》にあることです。仕事部屋も早速拵えましょう。で、仕事をそっちへ持って来て下さい。また今後とても、他からの依頼は何んなりとお引き受け下すって、それを学校で拵えて下さい。それがかえって結構で、学校の方では至極好都合なのです。現在、学校にも木彫科の方は一切教科書と同様の木彫りの手本がありません。
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