一切分らなかった市民一般も、これで、まず博覧会のどんなものかを知りましたと同時に、また出品人の中でも、訳が分らなくなって、面倒がったり、困ったりしたものも、大きに了解を得、「なるほど、博覧会というものは、好い工合のものだ」など大いに讃辞を呈するというような結果を生じました。というのは、当時、政府もいろいろ意を用いたものと見えて、政府から出品者に対して補助があったのでした。七十円の売価のものに対しては約三分の一位の補助金が出た上、閉会後、入場料総計算の剰余金を出品人に割り戻したので、出品高に応じて十円か十五円位を各自《てんで》に下げ渡しました。
 こんなことで、まず博覧会の評判もよろしく、そういうことなら、もっと高価なものを出品すればよかった。自家《うち》のものは余り安過ぎたなど、私の師匠なども後で申された位でありました。万事こんな訳で、十年の博覧会も一段落ついたことでありました。
 それから、今の出品の白衣観音でありますが、それは、開会当時はそのままであったが、閉会後間もなく横浜商人の西洋人が師匠の宅へ右の観音を買いに来て、定価七十円で話がきまり、或る日師匠がそれを持って横浜の商館へ行かれましたが、この時はちょうど東京横浜間の汽車が開通して早々のことで、師匠は初めて汽車に乗ったので、帰って来られてから、「どうも汽車ってものは恐ろしく迅《はや》いものだ。まるで飛ぶようだ。電信柱はとんで来るように見え、砂利《じゃり》は縞《しま》に見える」など胆《きも》をつぶして話されました。



底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
   1929(昭和4)年1月刊
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2006年9月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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