く、悪戯《いたずら》半分の手細工は自分なので、何んとも早《はや》気の毒千万、猫に対して可愛そうで、申し訳がないような立場、今さら斯々《かくかく》といって出るのも変なもので、少し薬の利《き》き過ぎたことを自分で驚きながら、やっと台所の静かになったのに胸を撫《な》で卸したことがありました。
それ以来、私は、無実の罪を得て成敗《せいばい》を受けた猫のために謝罪する心持で、鰹の刺身だけは口に上《のぼ》さぬように心掛け、六十一の還暦までは、それを堅く守っておりました。六十一は一廻《ひとまわ》りそれからは赤ン坊から生まれ還《かえ》った気持ですから、今日では鰹の刺身も口にするようになりました。他愛のない話であるが、何んの気もなくやった悪戯が存外深い記憶を印しているというはなしで人間一生の中にはいろいろなことがあるものである。
底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:しだひろし
2006年2月14日作成
2006年6月21日修正
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