楊弓場《ようきゅうば》が並んでいる。その後が田圃です。ちょうど観音堂の真後ろに向って田圃を距《へだ》てて六郷《ろくごう》という大名の邸宅があった。そのも一つ先になると、浅草|溜《だめ》といって不浄の別荘地――これは伝馬町《でんまちょう》の牢屋で病気に罹《かか》ったものを下げる不浄な世界――そのお隣りが不夜城の吉原です。溜《ため》に寄った方が水道尻《すいどうじり》、日本堤から折れて這入《はい》ると大門《おおもん》、大江戸のこれは北方に当る故|北国《ほっこく》といった。
それから雷門に向って左の方は広小路《ひろこうじ》です。その広小路の区域が狭隘《きょうあい》になった辺から田原町《たわらまち》になる。それを出ると本願寺の東門《ひがしもん》がある。まず雷門を中心にした浅草の区域はざっとこういう風であった。
私はまだ子供の事とて、師匠の家の走り使いなどに、この界隈《かいわい》を朝夕に往復し、町から町、店から店と頑是《がんぜ》もなく観《み》て歩いたもの、今日のように電車などあるわけのものでなく、歩いて行って歩いて帰ることでありますから、その頃の景物がまことに明瞭《はっきり》と、よく、今も記憶に残っております。こうして話をしている中にも、まざまざと町並み、店々の光景が眼に見えるようにさえ思われて来ます。そこで、管々《くだくだ》しくあるかは知らぬが、名代、名物といったようなものを眼の先にチラツクまま話して行きましょう。
底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:しだひろし
2006年2月14日作成
2006年6月21日修正
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