向は……名案じゃありませんか」
 高橋氏がいいますと、
「左様ですな。趣向は至極賛成です。だが、いよいよやるとなると、問題は金ですね、金銭《かね》次第だ。親父《おやじ》に一つ話してみましょう」
 野見氏は無口の人で多くを語りませんが、肚では他の人よりも乗気になっているらしい。私は、当座の思いつきで笑談半分に妙なことをいいましたが、もし、これが実行された暁、相当見物を惹いて商売になればよし、そうでもなかった日には、飛んだ迷惑を人にかけることになると心配にもなりました。

 野見長次さんは早速、親父さんにその話をしました。
 野見老人は興行的の仕事の味のわかっている人。これは物になりそうだ。一つやってみたいというので、長次さんが老人の考えを持って来て、また四人で、相談して、一応、私はその大仏さまの雛形を作ってみるということになりました(実のところは雛形を作っても大工や仕事師に出来ない。また金銭問題で止めになるに違いないとは思いましたが、とに角、自分でいい出したことだから雛形に掛りました)。
 その日は竹屋へ行って箱根竹を買ってきて、昼の自分の仕事を済ますと、夜なべをやめて、雛形に取り掛りました。見積りの四丈八尺の二十分一、即ち二尺四寸の雛形を作り初めたのです。まず坪を割って土台をきめ、しほん[#「しほん」に傍点]といって四本の柱をもって支柱を建て、箱根竹を矯《ため》て円蓋を作り、そのしほん[#「しほん」に傍点]に梯子段を持たせて、いつぞやお話した百観音の蠑螺《さざえ》堂のぐるぐると廻って階段を上る行き方を参考としまして、漸々と下から廻りながら登って行く仕掛をこしらえて行きました。最初の大仏の膝の処で、次は脇の下、印を結んでいる手の上に人間が出られるようになる。それから左から脇を入って行くのが外から見え、だんだんと顔面へ掛り、口、目、耳へ抜けるように竹をねじって取りつけます。……雛形は出来たがこれは骨ばかり、一寸見るとなんだかさっぱりわからない。変なものが出来ましたが、張子《はりこ》紙で上から張ってみますと、案外、ありありと大仏さまの姿が現われてきました。
「おやおや何をこしらえているのかと思っていたら、大仏様が出来ましたね」
 と家の者はいっております。
「大仏に見えるかね」
「大仏様に見えますとも」
 といっております。大仏が印を結んで安坐している八角の台の内部が、普通の見世物小屋位あるわけになります。出来上がったので、それを例の三人の友達に見せました。
「うまく行った。これならまず大丈夫勝利だが、今度はこれをこしらえるに全部で何程金が掛るか、これが問題です。そこで、この事は仕事師に相談するのが早手廻しで、この四本の柱をたよりにして仕事をするものは仕事師の巧者なものより外にない。早速当ってみよう」
 ということになりました。で、御徒《おかち》町にいた仕事師へ相談をすると、これは私共の手で組立てが出来ないこともないが、こういう仕事は普通の建物とは違いカヤ[#「カヤ」に傍点]方の仕事師というものがある。それはお城の足場をかけるとか、お祭りの花車《だし》小屋、また興行物の小屋掛けを専門にしている仕事師の仕事で、一種また別のものですから、その方へ相談をしたらよろしかろうというのでありました。それではその方へ話をしてくれまいかと頼むと、早速引き受けて友達を伴《つ》れて来てくれました。

 私はそのカヤ[#「カヤ」に傍点]方の仕事師という男に逢って見ました。
 私の肚の中では、この男に逢って雛形を見せたら、恐らくこれは物になりません、というだろうと思っておりました。もし、そういってくれたら却って私にはよかったので、この話はそれで消えてしまう訳。もしそうでもないと、話がだんだん大きくなって大仏が出来るとなると、私の責任が重くなる。興行物としての損益はわかりませんが、もし損失があっては資本を出す考えでいる野見さんに迷惑が掛ることになります。どうか、物にならないといってくれればいいと思って、その男に逢いますと、仕事師は暫く雛形を見ておりましたが、
「これはどうもうまいもんだ。素人の仕事じゃない。この梯子の取付けなどの趣向はなかなか面白い。私共にやらされてもこう器用には出来ません」
 といって褒めています。それで、これを四丈八尺の大さに切り組むことが出来るかと訊《き》くと、訳はないという。この雛形ならどんなにでもうまくいくというのです。そして早速人足を廻しましょう、といっております。その男の口裡《くちうら》で見ると、十日位掛れば出来上がりそうな話。野見さん初め他の友達もこれでいよいよ気乗りがして来ました。
 しかし、この仕事はカヤ[#「カヤ」に傍点]方の仕事師ばかりでは出来ません。仕事師の方は骨を組むのでありますが、この仕事は大工と仕事師と一緒でな
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