うぐいすのなく音《ね》も交《まじ》る。武蔵野に見るような黒土を踏んで、うら若いひのきの植林が、一と塊まりに寄り添っている、私たちの足許には釣鐘《つりがね》草、萩、擬宝珠《ぎぼうしゅ》、木楡《われもこう》が咲く。瑠璃《るり》色の松虫草と、大原の水分を一杯に吸い込んで、ふくらんだような桔梗《ききょう》のつぼみからは、秋が立ち初《そ》めている。秋の野になくてかなわぬすすきと女郎花《おみなえし》は、うら盆《ぼん》のお精霊《しょうりょう》に捧げられるために生れて来たように、涙もろくひょろりと立っている。
仰げば朝焼けで、一天が燃えている。夕焼のように混濁した朱でなくて、聖《きよ》くて朗らかな火である。富士の斜面のヒダは、均整せられて、端然たる中にも、その高いところは光を強く受けて、浮彫につまみ上り、低い裂け目には暗い影が漂っている。全体としては、素焼の陶器の雅味《がみ》である。富士が小さく見えるのもこれだ。表裏に廻り、左右から見直しても、「あなたこなたも同じ姿」の八字の輪廓と、円錐の形式とは、連嶺構造の山と、鋭利に切り込まれた深谷を見た目からは、浅いものに見せるかも知れぬ。だがそれは、大裾野を
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