茎の粗い皮を、岩石に擦りつけるようにしている、槲《かしわ》に似て、小さい、鈍い、鋸の歯のように縁を刻んだ葉を、眼醒《めざ》めるように鮮やかな緑に色づけて、その裏面にはフランネルのような白い毛が、おもての緑と対照するために、密やかに布《し》いている、恰度《ちょうど》一枚の葉で、おもては深淵の空を映し、裏は万年雪を象《かたど》ったようである、卵形の白い花が八弁、一寸位の小さい花梗の頭に、同じく八個の萼《がく》を台にして、安住している、同じ日本アルプスでも、他所の長之助草に比べて、花でも葉でも、一と際小さい方であるが、それでも殆んど草原を埋めるばかりに群って、白山一華《はくさんいちげ》や、チングルマなどと交って、岩穴や山稜《リッジ》の破れ目に、咲いている、皺《しわ》のあるところに白い花がある、襞《ひだ》の折れたところに白い花がある、溝の穿《うが》たれたところに白い花がある、白い花が悉《ことごと》く長之助草だとは言わないが、白い花の中に、この花を見ないということはないほどである、大籠山の裏白金梅と、間の岳北岳間の長之助草とは、我らの一行によって確められた、この高山植物の最大産地――今まで知られているところでは――であった。
 倉橋君と私と一緒になって、石の峰を絶頂まで辿りついたころは、正午を少しばかり過ぎた、高頭君以下も、やがてつづいて来た、絶頂は大別すると、三つに岐《わか》れていて、偃松が少しばかり生えている、初めのは四角張った石を畳み上げてある、中には三角測量標が立っている、高く抜き出る北岳の頂から、更に自分だけ高く抜いたこの三角点は、日本南アルプスの中で、縋《すが》り得べき土地の垂直的突端である、それから上は絶対無限の空ばかりだ、三角標の基脚には黄花石楠花《きばなしゃくなげ》、チングルマ、アオノツガサクラ、浦島ツツジ、四葉シオガマ、白山一華、偃松などが西の障壁へと、斜めに飛び飛びに漂っている。
 小さい石祠がある、屋根には南無妙法蓮華経四千部と読まれた、大日如来《だいにちにょらい》と書いた木札が建ててある、私たちの一行より、二十日も前に登山した土地測量技師や、昨年登山した東京の人たち、山麓|蘆安《あしやす》村でよく聞く名の森本某、名取某の名刺が散らばっている。
 外にも壊れかかった石祠がある、中には神体代りの小鉄板が、※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《さ》び
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