》めている、もうこの辺からは、雪田が幾筋となく谷へと繋がっている、高頭君の説明するところによると、日本北アルプス中の白馬岳の雪とは、比べものにならないが、十月頃の白馬岳なら、この位なものであろうか、ということである、一体が暖かい南アルプスに、このように雪が多いのは、未だ山上では、春であるからであろう。
間の岳から北岳までは、北へ北へと、駿河甲斐の国境を、岩石の障壁が頽《なだ》れをうって、肩下りに走っている、その峰は皆剣のように尖れる岩石である、麻の草鞋《わらじ》が、ゴリゴリと、その切ッ先に触れて、一本一本麻の糸が引き截られるのが、眼に見るようで、静《しずか》に歩くさえ、砂でも噛み当てたように、ガリガリ音がする、あまり峻《けわ》しいから、迂回しようとして、足を踏み辷《す》べらすと、石の谿《たに》が若葉を敲《たた》く谷風でも起ったように、バサバサと鳴り出して、大きい石や小さい石が、ひた押しに流れて、谷底へと墜落するのもある、中途で石と石と抱き合って、停まってしまうのもある、その石の壁の頂には、偃松が多く、高山植物の中にも、ミヤマオダマキがうす紫の花を簇《むらが》して、岩角に立っているのが、色彩が鮮やかで、こんな寒い雪や氷の、磽※[#「石+角」、第3水準1−89−6]《こうかく》な土地も、深碧の空と対映して、熱帯的《トロピカル》に見えた。
峰伝いに下って、いよいよ北岳の直下まで来ると、雪田が二ツほどある、長さは二十町もあろう、その雪田の谷底に接触する尖端から、雪が融けて水になって、流れているのもある、この雪田は白馬岳のに、やや匹敵することが出来るが、厚味がそれほどないと、高頭氏は言った、それでもこんな大残雪があって見ると、日本北アルプスのみ、雪の自慢をさせて置けないと追加した。
ふと後から荷をしょって来た人足どもの、噪《さわ》ぐ声がする、東の峡間に、一頭の羚羊《かもしか》を見つけ出したのだ、なるほど一頭いるわいと気が注《つ》くころ、中村宗義は銃を抱えて、岩蔭を岩蔭をと身を平ッたく伝わって、谷側まで下りた、円く肥えた羚羊は、キョトンとした顔をして考えている、その短い角が碧空に動かずに、シーンと立っている、晃平の采配で、人夫一同は石を上から転がす、シッシッと叫ぶものがある、ホーイ、ホーイ、ホーイと怒鳴《どな》る声がする、羚羊は石の転がり方を冷たく見て、一、二尺ずつ退《す
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