しく見える。
 湯島大屈曲をしてからは、松島から中部《なかつぺ》まで、直下といつてもよかつた、東岸には中部の大村があつて、水楊は河原に、青々と茂つてゐる、裸体に炎天よけの絲楯《いとだて》を衣た人足が、筏を結んでゐる、白壁の土蔵が見える、紺の香のするばかりに、新らしく染め抜いた暖簾をかけた荒物屋が、町に見える、積荷はみんなこゝで揚げてしまつて、水洩れの出来た船底には、棕櫚繩をちぎつて、当てがひ、石で叩きこんで修繕をする。
 川は中部の村を、包囲するやうに、北の一角だけを残して、三方を絎《く》け、もう大分開けた河原の中を流れる、「豆こぼし」といふ灘は、水が急なので、二挺の櫂を一つに合せ、船頭二人の力をこめて取り縋るやうにして、漕いだが、それでも東岸には、一髪の道が通じて、旅人が通つてゐるのが、ふり仰がれる、その上に青緑の山は高くそびえ、川は勾配を急に、杉の培養林のある山を匝《めぐ》る、久根《くね》の銅山が見えて、その銅山を中心に生活してゐる人たちの家が、重なり合つて、崖腹に巣を喰つてゐる。
 西の渡《と》の簇々《むら/\》とした人家を崖の上に仰いで、船を着けた、満島からこゝまで九里の間を、
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