抵抗を受けるので遅緩であるが、中央は比較的早く進むので、その速力の不平均から、前へ出る力と、同伴を遅滞する両側の拒む力とが、均衡を失って、自ずと破れ目が出来る。しかしそればかりで出来るのではない、万年雪や氷は、塑造《そぞう》的物質になって、その通過する地床の傾斜に、少しでも変化があれば、氷雪はそれに応じて裂罅《れっか》を作ること、渓流の「渦巻き」が、いつ見ても一つところに、居据《いす》わりのように出来ているのと同じく、クレッヴァスも毎年同一の地点に出来る現象を呈する。でなくとも、また大きな岩石が雪中に落ちると、石の吸収した熱の発射のために、石の四周の雪だけが溶けて、そこに狭い溝が出来ることがある。また雪のある地形によっては、石を擡《もた》げた雪だけが、石の影になっていて、光線を吸収しないために、その左右の方が早く解けてしまい、石が卓子《テーブル》で、下の雪がその脚となって、支えているようなこともある。
次に雪の面は、必ずしも板のように平面でなく、風の吹き荒れたままに漣波《さざなみ》状をして、湖水のおもてに尖波が立ったような状能になり、そのまま凝《こお》っているのがある、また円い輪が幾つも列《つら》なって、同心円が出来ているのもある。ちょうどボートレースに、櫂《かい》からの雫が、河面にポタポタして、小さな円い輪を描いたのに似ている。これも風力が、雪片を飛散させて作ったのであろうと思われる。
最後に雪の「カアル」(Kar)またはサアカス(Cirques)というものについて述べる。これは雪が深く、岩壁に喰い入って、そこだけを、虫歯の洞のように、深く刳《えぐ》るので、刳られた崖が、椀を半分欠いたようになって、立っているのがそれだ。そこを刳りつくすと、また雪がずり下りて、一段低い所へ同じものを作るので、日本北アルプスにはそれが頗る多い。その最も標本的に現われているのは、越中薬師岳(二九二六米突)、信州黒部の五郎岳(二八四〇米突)などで、一体に槍ヶ岳から以北、即ち立山山脈、または後立山山脈に頗る多い。私が薬師岳で観察した所に依ると、凡《す》べてのカアル皆然《しか》りとは言われないが、カアルの初期は、雪が横一文字に堆《うずたか》くなっているに過ぎないが、その両端の垂下力が遅く、中央が速いためか、第二期には三日月形に歪み、更に拡大して勾玉《まがたま》形になって来ている。中には勾玉形が、岩石の硬軟その他の関係から、逆さになっているのもある。そうなると両端から包囲するように、中央部までを喰い取って刳るから、一方の外壁を残して一方を欠いた噴火孔のようになる。しかしその岸側でなく、平坦地にあるものは、浸蝕力を逞しゅうすることが出来ないで、雪堤となって、一定の高さに達すると風に吹き落されてしまうのである。下から仰ぎ視て、黒い岩石の山稜に、白胡麻でも蒔いたように、細い雪が入っていると思われるのは、傍へ行くと、十町も二十町もある雪田であり、または山稜の窪みに喰い入った雪堤である。その雪田もズッと裾の方へ行くと、雪の穹門《きゅうもん》から水が滾々《こんこん》と湧き出ていて、洞内に高山植物などが美しく咲いている、但し夏日うっかり奥まで深く這入ると、雪がくずれて圧倒する危険がないとも限らぬ。
以上は雪そのものの美と作用を略説したのであるが、雪に依って保護される生物に、雷鳥や高山植物などがある。就中《なかんずく》高山植物の美麗は熱帯の壮大華麗なる花を凌《しの》ぐのであるが、高山植物の美観は他日題を改めて説くつもりである。
山岳を建築とすれば、高山植物は、この建築内部の装飾絵画のようなもので、その美術家は雪である。山という建築が、高く大きく発達するほど、雪という美術家が多くなり、高山植物という補助の絵画が立派に製作される。高山の雪は、あながち死を連想するほどに、冷酷、寂寞、荒廃ではないのである。
底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日第1版発行
1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集」全14巻、大修館書店
1979(昭和54)年9月〜1987(昭和62)年9月
入力:大野晋
校正:地田尚
1999年11月25日公開
2005年12月10日修正
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