玉形が、岩石の硬軟その他の関係から、逆さになっているのもある。そうなると両端から包囲するように、中央部までを喰い取って刳るから、一方の外壁を残して一方を欠いた噴火孔のようになる。しかしその岸側でなく、平坦地にあるものは、浸蝕力を逞しゅうすることが出来ないで、雪堤となって、一定の高さに達すると風に吹き落されてしまうのである。下から仰ぎ視て、黒い岩石の山稜に、白胡麻でも蒔いたように、細い雪が入っていると思われるのは、傍へ行くと、十町も二十町もある雪田であり、または山稜の窪みに喰い入った雪堤である。その雪田もズッと裾の方へ行くと、雪の穹門《きゅうもん》から水が滾々《こんこん》と湧き出ていて、洞内に高山植物などが美しく咲いている、但し夏日うっかり奥まで深く這入ると、雪がくずれて圧倒する危険がないとも限らぬ。
以上は雪そのものの美と作用を略説したのであるが、雪に依って保護される生物に、雷鳥や高山植物などがある。就中《なかんずく》高山植物の美麗は熱帯の壮大華麗なる花を凌《しの》ぐのであるが、高山植物の美観は他日題を改めて説くつもりである。
山岳を建築とすれば、高山植物は、この建築内部の装飾絵画のようなもので、その美術家は雪である。山という建築が、高く大きく発達するほど、雪という美術家が多くなり、高山植物という補助の絵画が立派に製作される。高山の雪は、あながち死を連想するほどに、冷酷、寂寞、荒廃ではないのである。
底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日第1版発行
1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集」全14巻、大修館書店
1979(昭和54)年9月〜1987(昭和62)年9月
入力:大野晋
校正:地田尚
1999年11月25日公開
2005年12月10日修正
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