すると、中央は一体に、両側より高く盛り上って、両側から見ると、中央が高いために、視線が中断されることがある、どうしても山の両斜面は、夏は暖かであるため、近い雪を融解減退させ、中央よりドカ落ちをさせている、但し狭い窪地などで、両側の崖に倚《よ》った方の雪が、高くて中央の雪が窪んで低くなっていることもあるから、要するに地形の支配を受けることは免かれない、ただ原則としては、事情が平斉である限り、中央が高くなるべきことと思えば宜《よろ》しい。
 日本高山の雪は、一体にどの方面に多いかというと、私が十月の末に富士山に登ったときの経験で見ると、この山は北の方面よりも、南の太平洋面に多い。それは、北風が強くて、雪を南に吹き飛ばすからである。日本北アルプスなる飛騨山脈を観ると、ここは冬は西風が強くて、東の方へ吹きなぐるため、夏日の残雪も、東の方に多量に堆積している。それのみならず、日光の融解力を考えると、朝の日は東の方面に当るが、その光線の力が微細であるに反し、昼は北や南に、午後は主として西が強い光線を受ける、即ち東は融解の力を受けることが弱いから、雪が多量に留置されるのだ。
 そこで雪は、如何なる地点に最も多く残存するかというに、前に述べた如く、余り傾斜の峻急な尖った所には住まえないから、多くは緩傾斜の崖、または谷や盆地に留まる。しかし谷や盆地のは夏になると大概解けてしまうが、崖の雪は盛夏でも日本アルプスのは、半里から一里位の長さで繋《つな》がっていることがある。かかる所には怖ろしい罅穴《クレッヴァス》(Crevasse)が出来て、穴の深さは二、三丈位に達するのを往々見受ける。欧洲アルプスではこれが三百米突位な深さに達し、登山者のみならず、羚羊《かもしか》までが踏み落ちると、そのまま氷漬けになり、自然の墳墓になるということであるが、日本ではそのように深奥なのはない。
 日本山岳における万年雪の罅穴《クレッヴァス》の標本としては、信州白馬岳の大雪田の末、白馬尻に見ることが出来る、日本山岳会員辻村伊助氏の説明によると、この罅穴《クレッヴァス》は幅約一米突深さ五米突に及んでいるそうである。どうしてかかる穴が出来るかというに、雪や氷も眼に見えないが絶えず動いているので、傾斜地を辷り落ちる時、その速力が凡《すべ》ての方面に同じなら差支ないが、雪の流れも河水と同じく、河岸に沿うた所は、多少の
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