雪線が低くて、南が高くなっている、冬季多量なる湿分は、雪線を低くするが、これに反して乾燥な生暖かい風は、雪線を昂《たか》める結果になる、日本アルプスを仮に最北を白馬岳から、最南を富士山より少しく以南(赤石山系の最南端は低いから除いて)までとすれば、おそらく雪線高低の差は、三百米突以上に及びはしまいかと思われる、ヒマラヤ山は、日本アルプスとは反対に、南の方に雪が多量で、雪線が低く、北方は少量で、雪線が高い、即ち南は実際において、赤道に近いにも拘わらず印度洋を払拭《ふっしょく》して来る風が、多量の水蒸気を齎らすのに反して、北は西蔵《チベット》高原から吹きつける暑熱の乾燥した風であるために、南と北では、雪線の差が一千四百米突にも及んでいる、日本アルプス南方に、雪の少ないのは、太平洋方面が冬季に、比較的温暖であるばかりでなく、日本海からの凜烈《りんれつ》なる北風は、多量の雪を北アルプスの斜面や、山頂に振り落して、南アルプスには、その剰余を、分配するに過ぎないからではなかろうか。
雪が氷河になると、その山側を擦り下りる圧力で山体を銷磨《しょうま》して行く。欧洲アルプスの山岳の概して三角形をしているのは、氷河が山の表裏や側面に向って整斉的に作用したからで、その斧痕《ふこん》は岩壁に示されている。しかし氷河を欠いた日本アルプスには、それほど雪の働きを示さないから、岩石は鋭い山稜《リッジ》や、尖った峰《ピーク》となって、粗硬な形態を示している。それは重《おも》に風化作用の力であるから、山は岩石の性質によって種々雑多な形容をしている。硬い岩石は、例えば、甲州アルプスで金峰山(二五五一米突)の五丈石、鳳凰山(二七七九米突)の地蔵仏は、結晶岩なる花崗石で、飛騨山脈の槍ヶ岳(三一八〇米突)は石英斑岩の硬石である。また粘板岩や砂岩のような比較的柔かいのは、最後まで残存して孤立することがむつかしいので、石板が墜落堆積して、登るには困難する。その好例は赤石山(三一二〇米突)の赤石沢などで、およそ山巓から三百米突も下まで、大崩石で埋まっている。
しかし、そういう岩石は、風化の作用だけで、雪の力を借らないものかというと、決してそうではない。夜は冷気のために雪が岩石の膚肌に凝結し、昼はそばから蒸発して行くので、冷熱の変化から岩石を破壊し、山体を陶器の破片のように滅茶滅茶にして散乱させる。飛騨山脈の
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